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樋口広太郎(4)前任社長村井氏に「全部任せて」

逆境に勝算あり

引き継ぎ 村井氏に「全部任せて」 「逆境こそチャンス」と頼む

社長就任披露パーティーで、村井勉会長(右)と(1986年)

1986年の年明け、顧問としてアサヒビールに初出勤した私は、社長の村井勉さんに、いきなり厚かましいお願いをしました。

「今日から仕事を全部任せてもらえませんか」と。村井さんはあっさりしたもので、「ああいいよ。好きなようにやってくれ」でした。つくづく大物だなと思いました。

全責任を負うからには、会議などで気がついたことをどんどん指摘しました。それまでのやり方でこういう点が駄目だった、これからはこう直そうという具合に、遠慮せずに発言するわけです。出席している人たちはみな、村井さんの顔色をちらちらとうかがいます。そんな時、村井さんはタヌキ寝入りをしておられたように見えましたね。

最後に私が「村井さん、失礼なことを申し上げまして」と言うと、「何の話やったかな。おれは寝ていたのかもしれんなあ」です。なかなかの人物です。

村井さんとは古いお付き合いで、住友銀行では8年先輩です。私が東京事務所に異動になって本店部門に入った時、直属の厳しい業務課長でした。さらに業務部次長だった村井さんに仕えて、私が常務で東京支店長になった時には、村井さんが前任の支店長で、直接引き継ぎました。そして今度はアサヒで2人とも婿養子になり、私が社長を引き継ぐことになる。本当に度重なるご縁ですね。

アサヒには私が来る4年前に、副頭取から突然送り込まれたのです。私たちも、その人事を聞いた時には驚きました。マツダで巧みに人心をつかんだ点を買われて起用されたのだと思います。アサヒでも村井さんは持ち前の明るさで、社員との対話を心がけ、読書会を始めたり、CI(コーポレート・アイデンティティー)運動をやったりして、雰囲気をだいぶ変えられました。

しかし、変わりつつあったとはいえ、業績はまだ低迷を続けていましたから、微妙な空気が支配していました。社内の一部には、こんな見方が根強かったと思います。住銀出身の社長は私で4代目。自ら志願して、張り切ってやって来たわけですが、銀行から来る社長が喜ばれることは、どこの会社でもまずありません。銀行から社長が来ても、金を貸してくれないじゃないか。だから資産の売り食いでつなぐ羽目になってしまった。アサヒにとって何のメリットがあるんだ、というわけです。

でも実際には、住銀出身者で最初にアサヒの社長になられた高橋吉隆さんは、銀行が押し付けたのではありません。副頭取だった高橋さんは、アサヒビール、サッポロビール両社の前身である大日本麦酒で社長をつとめた高橋竜太郎さんの長男です。サッポロの役員も「坊ちゃん」と呼んでいたし、人柄もいい。ちょうどサッポロビールと合併しようという話が持ち上がって、高橋さんを社長に迎えればうまくいくだろうという狙いから、アサヒの方から招きたいとの申し出が銀行にあったのです。

ところが、サッポロ側がトップ交代によって富士銀行との関係を急速に強めたため、アサヒとの経営内容の差もクローズアップされて、合併話はご破算になってしまったんです。高橋さんの後任には、銀行から同時に専務で入った延命直松さんが就きました。夜も寝ないで頑張られたようですが、残念ながらシェアはますます下がり、社内の空気は悪くなっていきました。

私が来た時には、「もし住友から4代も社長が来なければ、もうちょっと何とかなったはずだ」という思いが幹部層の一部にありました。みんな、それなりに頑張っていたけれど、数字が一向によくならない。責任のなすり合いで社内はバラバラでした。

たとえば、営業部門と生産部門との間に反目がありました。私が営業と工場の部長以上を懇談のために集めたら、半数以上の人が名刺を交換し合っているんです。「何だ、これは。君たちはお互いに同じ会社でありながら、知らんのか」と驚きました。「営業と生産の人間が一緒に飲むのは初めてなんです」と言って、中には抱き合って涙を流している社員までいました。

私が入ったころのアサヒには、後ろ向きの話ならいくらでもありました。そんなことをいちいち気にしていたら、何事も始まりません。私のモットーである「逆境こそチャンス」でぶつかっていきました。

 この連載は、2001年1月に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」および新聞連載に加筆して出版された本「樋口廣太郎 わが経営と人生 ―私の履歴書―」を再掲したものです。2013年、日経Bizアカデミーで公開した記事を再構成しました。

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