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好機を追い風に 「プロ転向」の内村や萩野に続け

編集委員 北川和徳

昨年夏のリオデジャネイロ五輪で活躍した日本のトップアスリートの「プロ転向」が相次いでいる。体操の男子個人総合で五輪連覇を果たした内村航平(28、昨年11月でコナミスポーツを退社)に続き、銀メダルに輝いた陸上男子400メートルリレーのアンカーを務めたケンブリッジ飛鳥(23、昨年12月でドームを退社)もプロランナーとなった。競泳男子400メートル個人メドレーの金メダリスト、萩野公介(22)も今春の東洋大学卒業後は企業に所属しないでプロスイマーとして活動するという。

高まるアスリートの「商品価値」

プロ選手となり、筆で「挑戦」と書く内村=共同

3年後の東京五輪を控え、アスリートの「商品価値」が高まっていることを改めて感じる出来事だと思う。「清く、貧しく、美しく」のアマチュアリズムに共感する傾向のある日本では否定的な見方もあるだろうが、私自身は、彼らのように自分の価値を自覚し、それを利用して新たな可能性を広げようとするアスリートが増えることが、日本のスポーツの2020年大会以降の持続的な発展につながると思っている。

プロ選手になれば所属企業の社員ではなくなる。彼らの広告塔としての価値を認めて対価を支払う契約をした企業などからスポンサー料をもらって活動する。フリーのタレントのようなものだ。所属の枠を超えた活動が可能となり、複数の企業と契約し、人気や成績がアップして価値が高まれば収入を増やすこともできる。

一方で、成績が低下して価値が下がれば、契約が打ち切られることもある。もっとも、最近は五輪でメダルを争うようなアスリートが、引退後も安定を求めて社員として会社に残るケースは少ない。内村クラスになれば、どちらの道を選んでも大きな違いはない気がする。

3人の当面の収入は増えるが、プロになる理由はそんな単純なものではないはずだ。練習環境が大きく変わることになる内村の場合、競技面では大きなリスクになることは避けられない。それでも踏み切ったのは、3年後を目指すためのモチベーションを維持するためだろう。個人総合で五輪を連覇する偉業をなし遂げた。20代後半となり、肉体的には厳しくなっている。これまでと同じ意欲で競技を続けるために、新しい挑戦をすることが必要なのだと思う。

環境変化のリスクより挑戦

ケンブリッジ飛鳥は海外に練習拠点を移す計画があるという。ただ、社会人となってからの環境に適応して順調に成長していただけに、これもリスクを伴う挑戦だ。

萩野も卒業後はプロスイマーとして活動するという=共同

一方、萩野の場合は予想できた。指導する平井伯昌コーチは東洋大の監督だが、組織の枠を超えて師事する選手たちを幅広く教えている。卒業してもベースとなる今の環境が変わるわけではない。プロになって収入が増えれば、海外でのトレーニングを増やしたり、新たなスタッフを雇用したりするなど、強くなるための体制をさらに充実させることができる。

スイミングクラブで才能が育つ競泳には、もともと企業スポーツとしての歴史がない。スポンサー企業を集めることさえできるのなら、プロとなるのは競技を続けるための最良の選択だろう。萩野のライバルである瀬戸大也(早大4年、JSS毛呂山)、リオ五輪の男子200メートルバタフライでマイケル・フェルプス(米国)を追い詰めた坂井聖人(早大3年)らも後に続いてほしい。

それにしても、トップアスリートにとって幸せな時代になったものだ。五輪でアマチュアリズムが厳格だった1970年代初めまでは、競技を通じて経済的な利益を得ると五輪の出場資格を失った。ひそかに企業の支援を受けることはあっても、プロ宣言など考えられない。72年札幌冬季大会では優勝候補のオーストリアのスキー選手が使用する用具メーカーの宣伝をしていたという理由で大会から追放される事件もあった。

個人よりも全体優先した日本

ジュニア選手を指導する伊調(中央)。本人の気持ち次第で5回目の五輪を目指せる=共同

国際オリンピック委員会(IOC)は74年に五輪憲章からアマチュア規定を撤廃。五輪への出場資格の判断は各国際競技団体(IF)に委ねられることになり、80年代には陸上のカール・ルイス(米国)のようなスターが登場したのだが、日本では五輪アスリートが自由に稼げる時代は2000年ごろまで来なかった。

アスリートの肖像権を使って日本オリンピック委員会(JOC)が強化資金を稼ぐ「がんばれ!ニッポン!キャンペーン」があったからだ。五輪を目指すのなら例外なく自分の肖像権を加盟する競技団体(NF)に預けなければならなかった。個人よりも全体が優先される日本のスポーツらしいやり方だった。

今では企業に所属する「アマ」だって、会社が認めればテレビ番組に出演してギャラを受け取ることができる。昨年発覚したバドミントン選手の賭博問題では、彼らが会社からの給与を上回る賞金を稼いでいることに驚かされた。内村や萩野は16年度まではJOCに肖像権を預けているシンボルアスリートなのだが、この制度でもJOCからは協力金が支払われる。

リオ五輪から半年近くたっても、人気者になった代表選手たちはテレビのバラエティー番組に登場する。正直、五輪アスリートがタレント化する風潮は好きではない。だが、アスリートの商品化が進んだことで、日本の五輪スポーツは大きくレベルアップした。20年前は五輪に4回も出場する選手など考えにくかった。社会や企業の常識がそうだったせいもあるが、スポーツでいくら頑張っても稼げないから続けることができなかった。

選手寿命が大幅に延びたのは…

内村は東京大会に出場を果たせば4回目。萩野は早くも3回目となる。女子レスリングの伊調馨(32)や吉田沙保里(34)も、本人の気持ち次第で5回目を目指すことができる。選手寿命が大幅に延びたのは、アスリートの商品化、タレント化と無縁ではない。おかげで90年代はドン底だった日本のメダル数も底上げされた。

もちろん、まだこうした恩恵を得る選手はメダリストや人気競技などに限られている。スポーツの価値や存在感が高まる20年大会は日本のスポーツが変わる大きなチャンス。さらに多くのアスリートが、この追い風を利用して可能性を広げていってほしい。

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