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50キロ初挑戦 世界への扉開く 競歩・小林快(上)

秘めていた潜在能力を自ら解き放つ"快歩"だった。昨年10月に行われた全日本50キロ競歩高畠大会。優勝した小林快(ビックカメラ)の歩みは最後まで力強く、躍動感にあふれていた。今年8月の世界選手権(ロンドン)の派遣設定記録を2分半も上回る日本歴代4位の3時間42分08秒で初の代表に内定し、世界への扉を開いた。

「全ての声援が自分に」が快感

8月の世界選手権代表に初内定した 

驚くべきはこれが50キロ初挑戦だったということ。1キロ=4分30秒を維持して3時間45分が目標だったが、日本記録保持者の山崎勇喜(自衛隊体育学校)らを振り落として一人旅になった中盤以降は、どんどんペースが上がった。本人にそのつもりはなかったというから不思議な力が宿っていたのか。「今まで単独で先頭を歩いたことがなかった。全ての声援が自分に注がれる。それが気持ちよくて」

40キロすぎからが過酷と伝え聞いていたが、「つらさもあったけれど、これだけ歩けばそうだろうというくらい」。厳しさを思い知らされるわけでもなく、「楽しめた」のは距離への適性があったからだろう。

昨春までは20キロを主戦場にしていた。リオデジャネイロ五輪の代表落ちが転向のきっかけ。選考会の日本選手権で失格し、全日本能美大会でも設定記録をクリアしながら及ばなかった。「自分はスピード勝負よりもそれを保つ持久力で戦うタイプ。高速化が進む中で20キロは難しいかもしれない」。今後の生きる道を立ち止まって考えたとき、50キロ転向は必然の選択だった。

長距離ではなによりペース感覚が重要になる。日本陸連のオリンピック強化コーチ、今村文男は現場でレースを見て、プラン通りに遂行する能力にたけていたと感心する。「20キロのスピードと50キロで必要な持久力の相乗効果で歩けるハイブリッド型」。秋田工高時代から個人的に知る選手だったが、今回示した順応性の高さは新たな発見だった。

長丁場を苦にしないのは、大学3年まで長距離ランナーだった影響だろう。早大時代、多い日は1日70キロも走り込んで鍛え上げた心肺機能には自信がある。20キロ競歩に出場していた頃は数キロを全力で歩く練習を繰り返してきたが、50キロに臨むにあたり、30キロ以上を歩く回数を増やした。あとは「最後まで足を動かし続けるために、いかにロスのないフォームで歩けるか」。腕の振りや体の上下動、足首の使い方。チェック項目は多岐にわたる。初挑戦で得た望外の戦果は、無駄なく、効率のいい歩型を追求してきたおかげだ。

50キロでは2015年の世界選手権(北京)で谷井孝行が銅メダルを獲得し、昨年のリオ五輪では荒井広宙(ともに自衛隊体育学校)が日本に初めての銅メダルをもたらした。競歩界が隆盛に向かう中で、誰よりも先に世界選手権の切符をつかんだ価値は高い。先輩たちがつないできた系譜に23歳の新星が名を連ねる可能性は十分ある。(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊1月16日掲載〕

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