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TPP座礁でアジア分裂の危機~日経大予測2017
編集委員 太田泰彦

2017/1/3 6:30
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 2017年、日本と世界の経済・政治はどう変わっていくのか。日経新聞のベテラン編集委員の見通しを、このほど出版した『これからの日本の論点 日経大予測2017』(日本経済新聞出版社)をもとに紹介する。

対中強硬派として知られるカリフォルニア大アーバイン校教授ピーター・ナバロ氏=同校提供

対中強硬派として知られるカリフォルニア大アーバイン校教授ピーター・ナバロ氏=同校提供

 米国のトランプ次期大統領は、経済外交の司令塔となる「国家通商会議」をホワイトハウス内に新設し、対中強硬派として知られるカリフォルニア大教授のピーター・ナバロ氏を起用した。通商問題をめぐる政策立案だけでなく、同じくホワイトハウス内にある米国家安全保障会議(NSC)と連携して、国防・安全保障と通商を連結した外交戦略を打ち出すとみられる。米政権が米通商代表部(USTR)の上位に統括組織を置くのは初めてだ。

 これは事実上、米議会の管轄下にあるUSTRを中核とした通商戦略から、政権自らが主導権を握る路線への転換を意味する。トランプ氏は環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を表明し、オバマ政権が進めてきた自由貿易の路線を抜本的に見直しつつある。米国が長年支持してきた「一つの中国」の原則を懐疑的に見る発言のほか、選挙戦の過程では日米同盟のあり方を問う姿勢まで示した。米国の対アジア外交が大きく変わるのは間違いない。

 焦点となる国家通商会議のトップに就くナバロ氏は、南シナ海で海洋進出を活発化する中国の軍事戦略も強く批判している。「嫌中」ともいえるナバロ氏が、次期政権の対アジア外交に強い影響力を握る。ワシントン発でアジアに激震が走りそうだ。

■南シナ海をめぐる地政学と表裏一体

 荒波が高まる舞台は南シナ海だ。ここには中国とフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイが、それぞれ重複して領有権を主張する島々と海域がある。長年にわたり係争が続いてきたが、中国が岩礁を埋め立てて人工島と軍事拠点を建設し、事態はもはや穏便な話し合いでは解決できない状況に至った。

 そこでフィリピンは国際法による解決を求めて、13年1月にアキノ前政権の下で、国連海洋法条約に基づき中国をオランダ・ハーグの仲裁裁判所に提訴。そのハーグの判決が、フィリピンの主張をほぼ全面的に認める形で16年7月12日に下された。中国の敗訴だった。だが、その後の大統領選で中国との関係回復を目指すドゥテルテ氏が当選すると、ハーグ判決の重みは一気に薄れてしまった。

■中国が主導するアジアの経済秩序づくり

 中国の経済協力の基本にある考え方が、中国の一帯一路(One Belt One Road 略称OBOR)である。一帯一路は14年11月に北京で開いたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で習近平国家主席が提唱した経済圏構想で、中国の西部から中央アジアを経由してヨーロッパにつながる陸のシルクロード経済ベルト(一帯)と、中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東岸を結ぶ海上シルクロード(一路)の2つの地域に焦点を当て、インフラ整備、貿易促進、投資の活発化などを掲げている。資金面では、貿易黒字で稼いだ中国の潤沢な外貨準備が活用されるとみられるほか、欧州連合(EU)離脱を決めた英国などの力を借り中国主導で設立したアジアインフラ投資銀行(AIIB)の参加も想定している。

 15年10月にTPPが合意して以来、中国はTPPとこのOBORを並べて比較して論じる動きを見せ始めた。漢字4文字で「一帯一路」と書くより、アルファベット4文字の略称で語る方が、3文字のTPPと同様に人口に膾炙(かいしゃ)しやすい。米ワシントンでは、民間シンクタンクや学術機関のシンポジウムなどの機会があるたびに、中国から派遣された有識者がOBORについて説明し、関係する国々への経済的な恩恵を強調している。

 OBORの実体は中国による2国間の経済協力の構想であり、いまのところ具体的な中身は不透明である。TPPのように透明なルールを作る多国間の通商協定とは本質的に性格が異なる。とはいえ、アジア各地ではインフラ整備の潜在需要が大きく、「道路や発電所さえあればもっと経済成長できるのに……」と考えている国は多い。経済支援を受ける側にしてみれば、厄介な条件を伴わない中国からの援助はありがたい話だ。中国は東南アジア諸国連合(ASEAN)のメンバー国ではないが、気前よく支援の手をさしのべながら共同声明の内容に注文をつけてくれば、耳を貸さざるを得ない。

 とりわけ中国への傾斜を強めているのが、域内で経済発展が遅れるカンボジアだ。フン・セン政権は17年以降に国内で選挙を控え、与党カンボジア人民党(CPP)はかなりの苦戦が予想されている。中国からの投資や援助が頼みの綱であり、こと外交政策に関する限り、もはやカンボジアは中国の言いなりと考えてよい。ASEAN外相会議でも、臆することなく中国の代弁者として堂々と振る舞った。ハーグ仲裁裁判所への言及に抵抗し、共同声明を骨抜きにしたのはカンボジアである。

 ASEANは国力や経済発展の程度が異なる加盟国を平等に扱うため、全会一致のコンセンサス方式で意思決定する仕組みを取っている。つまり、たとえ弱小国でも「拒否権」がある。政治的にも経済的にもASEAN内で最も立場が弱いカンボジアだが、弱小国であるが故に、中国はそのカンボジアを利用してASEANの機関決定を左右することができるわけだ。同様に経済運営に海外援助が欠かせないASEAN議長国ラオスや、国有企業の資金スキャンダルや国内の政争で疲弊するマレーシアのナジブ政権も、中国への依存を高めている。

さらに産油量の先細りが予想される王族支配の小国ブルネイも、中国寄りの動きを見せるようになった。ASEAN内でTPPの一角を占めるマレーシアとブルネイ両国が、今後さらに米国と距離を置き中国に接近していく可能性がある。トランプ政権の誕生でASEAN内で拡大を目指していたTPPの基盤は揺らぎ、ルールに基づく経済秩序づくりの道は遠のく。

■米国に失望するアジア各国

 モノ、カネ、人、情報でASEANのハブの役割を担うシンガポールは、トランプ政権のアジア政策に戦々恐々としている。16年8月2日、米ワシントンを首相として初めて訪問したシンガポールのリー・シェンロン氏は、オバマ大統領との首脳会談の後のホワイトハウスでの記者会見で、米国がTPPを可能な限り早く批准する期待を表明した。リー首相の発言は、いつもと変わらない穏やかな言葉づかいだが、大統領選を目前に控えて迷走する当時の米国政治の姿が、東南アジア各国の目にどう映っているかを鋭く示唆していた。

 「TPPは米国のリバランス(アジア回帰)の欠かせない柱であり、市場開放や通商ルール設定など経済的な恩恵だけでなく、安全保障の戦略としても死活的に重要だ」

 ブルネイ、チリ、ニュージーランドとともに2000年代にTPPの構想を最初に描き、小国4カ国のグループで「P4」として協定を発効させた立役者は、実はこのシンガポールであり、リー首相自身だ。TPPといえば米国が考え出したアイデアと見られがちだが、実際にはシンガポールとニュージーランドが中心となって作り上げた小さな舞台に、米国が巨体を踊らせて後から乗り込んできたにすぎない。シンガポールにはTPP提唱国のひとつとして小国の意地とプライドがある。

 TPPが拡大すればシンガポールの期待通りの進展となったはずだが、その勢いは衰えてしまった。アジアの新興国にとって無理難題とも思える高い要求を振りかざし、交渉をさんざん振り回してきた米国自身が、ここに来てTPPを投げ出したことに、アジア各国は失望している。いやASEANの各国政権に広がりつつある感情は、失望というより、不信。もっと言えば、怒りに近いかもしれない。

■リー・シェンロン首相の米国への苦言

 リー首相は「米国の内政問題に踏み入る気はないけれど……」と前置きしながら、こう言葉を続けた。リー首相にしては珍しく熱い口調だった。「米国のアジア地域への関与という観点でいえば、米国の名声はギリギリのところまで来てしまった。(中略)礼拝堂で待っていたのに、もし花嫁が現れなかったら、人々は深く傷つくだろう。感情的に傷つくだけでなく、この先の長い期間にわたり現実的に損害を被ることになる」

 TPP協定の第30章「最終規定」に、協定の発効についての規定がある。この条項によれば原加盟国、つまり日米やシンガポールなど12カ国すべてが2年以内に議会による批准などの国内手続きを終えるか、あるいは原加盟国の国内総生産(GDP)の合計の85%を占める国々が少なくとも6カ国、国内手続きを終えなければ協定は発効しない。TPP域内での国別のGDPを見ると日米両国だけで約80%を占めるため、日米のどちらかが欠けると、85%以上という条件を満たせない。つまりTPPが実現するためには、日米両国の批准が絶対条件となる。安倍政権は米国の動きにかかわらずTPPの批准に踏み切ったが、米国が不動のままでは何も起きない。

 トランプ政権の誕生でTPPが頓挫した後のアジアの経済秩序を、だれが築くのか。その答えはまだ見えてこない。

[10月21日発行の『これからの日本の論点 日経大予測2017』の一部を抜粋、加筆・再構成]

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