稲垣吾郎 日本茶のような味わいを醸す「天然の人」
SMAPの肖像(3)

筆者の私論であるが、稲垣吾郎こそが、本来のSMAPというグループを体現化した人物ではないだろうか。稲垣=(イコール)SMAP。そう考えると、これまで起こった様々な出来事はみるみる氷解し、なるほど!と膝を打てるように思うのだ。
彼の決断がSMAPの決断であり、彼の志向性がSMAPの志向性でありえてきた。超アイドルグループにあって、「きわめて普遍性を持つキャラクター」稲垣を見ていれば、これまでは来し方行く末がだいたいわかったからだ。
年長の中居正広・木村拓哉、年下の草彅剛、香取慎吾の間で、本人も意識しないうちに調整役の役回りを自然にこなしていたのが、稲垣の四半世紀だったのではないだろうか。彼がいなければ、メンバー内の衝突はもっと多かっただろう。
歌・バラエティー番組・ドラマ・映画、すべてにおいて、彼はいい意味で「中庸」であり、SMAPの「偏差値」基準であり続けた。やりすぎていないか。力をセーブし過ぎていないか。それを自然とチェックするような役回りとでも言おうか。そういう意味で、稲垣は実に貴重なポジションに、カジュアルかつサステナブルに居続けた。しかも、そのことを決して表には出さず、フェイントをかけるように、「周囲」をけむに巻いてきた。そこでは、ブラックホールのように野次馬や外野の声を吸収してしまう、彼のナルシスティックなトリックスターぶりが役に立っていたように思う。
天然なのに、ジョーカーのオーラ
リーダーである1歳年長の中居に関して、稲垣は「すげーなあ、よくいろんなことにチャレンジするな。オレも見習わなくちゃ」とずっと思ってきた(に違いない)。
中居クンみたいにMCをやってみたいな、という(決してライバル心なんかではない)純粋な思いが、屈指の深夜トーク番組『Goro's Bar』(04~09年、TBS)に結実した。この番組では、なぜか自然な流れとして、バラエティー色が強いミニドラマや企画ものにどんどんチャレンジしていくことになった。ゲストをいじっているのに、いつしか、いじられているように見えてくる構図が、いかにも吾郎ちゃんらしかった。
後継企画『ゴロウ・デラックス』(11年~)では、局アナ外山恵理と毎回1冊の本を選び、著者を招いて辛口トークを繰り広げ、ラストは2人の朗読で締めるという、なかなかに郷愁を誘う番組形態を見せた。
この滋味深い、日本茶のような味わいは、粋人・稲垣でしか出せないものだ。この手のトーク番組ではMCの計算心が見え隠れすることが多いのだが、どこで目立とうとか、コネクションを増やそうとか、それらの意図は彼の中では見事にスルーされている。
褒め言葉としての、オールド・ファッションなのだ。稲垣のトークやイジリなら、深夜でも、安心して見ていられる。「吾郎ちゃんって、きょうのゲストより年上なんだっけ、年下なんだっけ?」と思うことはたびたびあったが、始まって5分もすれば、そういうことさえ、ふうっと、気にならなくなる。天然なのに、ジョーカーのオーラを醸し出せるのが稲垣吾郎なのだ。
ドラマで爆発的な人気が出た1歳年長の木村に関しても、「すげーなー、よくあんなにいろんな役柄をこなすなあ。ボクも頑張らないとなあ」と思ってきた(に違いない)。
最初のチャンスは『二十歳の約束』(92年、フジテレビ)。牧瀬里穂の兄を事件に巻き込んだ負い目を背負い、友人名で牧瀬に励ましの手紙を送り続ける青年という、複雑な役回りだったが、稲垣は難無くこのキャラクターを演じきってみせた。
その後、『東京大学物語』(94年、テレビ朝日)、『最高の恋人』(95年、テレビ朝日)、『稲垣吾郎の金田一耕助シリーズ』(04~09年、フジテレビ)など様々なドラマに主演してきたが、周囲の懸念をよそに、なにもかもひょうひょうとこなしてきた。この「天然」の良さ、茶の味わいこそ、彼の持ち味である。
一気に隠れた才能が、開花したのは、三池崇史監督の映画『十三人の刺客』(10年)での松平斉韶(なりつぐ)役。薄気味悪い、凶悪な暴君の役を「吾郎ちゃんの本性はこちらにあったのではないか?」と見まごうほどに、ナチュラルに演じきった。深みを増し、ギラギラした男のライブ感がにじみ出ていた。稲垣=演技派、のイメージがついたのはここからだ。
ワインのように、年を重ねるほどに熟成の味
最後に、SMAP5人衆の特色は、5人それぞれにウンチクを傾けたら止まらない趣味の持ち主だったことだ。
稲垣の趣味はワイン。姉譲りの高尚な、しかもカネのかかるコレクションだ。だが、天然キャラのソムリエって、なぜか聞いているだけで夢見心地にさせてくれる存在だ。ワインを語らせても、なぜか嫌味じゃなく、謙虚で、金額のことも正直。ワインは稲垣の馥郁(ふくいく)たる人間性の香りへと昇華した。
稲垣の天かける思いは、これからも、カリフォルニア、ナパバレーの上昇気流に運ばれて浮上し続け、年齢と共に、デリシャスに熟成していくのだろう。
作詞家として活動後、1980年代半ばにエンタテインメント・ジャーナリストに転身。近著に『誰がJ-POPを救えるか?』(朝日新聞出版)。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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