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垂直統合武器に決済で新体験、「アップルペイ」の勝算

ITpro

東日本旅客鉄道(JR東日本)が駅構内のあちこちでポスターを掲出し、三井住友カードも人気急上昇中のバンド「Alexandros」の楽曲を使用したテレビCMを打つ――。

「Apple Pay(アップルペイ)」が日本に上陸して2カ月弱。当初の熱気は薄れたものの、街の光景に着実に溶け込みつつある。アップルペイ対応企業が積極的に宣伝面で支援しているのが奏功しているようだ。

店舗や駅の改札など、リアルなシーンで「お手軽決済」を実現するイメージの強いアップルペイ。だがアップルが、iPhone(アイフォーン)をモバイルウォレット(財布)に仕立てるサービスをわざわざ開発したのは、単にクレジットカードの置き換えを狙ったからではない(注:フル機能に対応しているのはiPhone7シリーズ、6シリーズは一部機能を使える)。仕組みをひもとくと、EC(電子商取引)などネット上の決済も含めてデファクトスタンダード(事実上の標準)を握ってしまおうという、真の野望が見え隠れする。

ネットショッピングでも使える

「Touch IDでgifteeに¥500を支払う」――。

2016年10月にアップルが発売したばかりの最新型ノートパソコン「MacBook Pro(マックブックプロ)」。ウェブブラウザーを立ち上げて、KDDIなどが出資するギフティー(東京・渋谷)の贈り物購入サイトにアクセスしていざ決済する場面になると、こんなメッセージがキーボード上部の小型タッチ液晶に表示される。Touch IDと呼ばれる指紋センサーに指を添えると、本人確認をして決済が実行される。

実はアイフォーンと同様、モバイルウォレットを内蔵する最新型マックブックプロ

実はこれも、アップルペイが実現する新しい買い物体験の一つだ。コンビニエンスストアのレジでアイフォーンをかざすのと同じ利便性を、ネットショップで、しかもパソコンでも享受できるわけだ。アップルペイの実現には指紋センサーに加え、クレジットカード情報を格納する専用ICチップ「セキュアエレメント」が欠かせない。最新のマックブックプロはこの二つを内蔵している。

なぜ、こんなことができるのか。このほど自著「決済の黒船 アップルペイ」(日経BP社、税別1600円)を上梓したモバイル決済専門ジャーナリストの鈴木淳也氏は、次のように明かす。「あまり知られていないがアップルは、アイフォーンとマックの最新OS(基本ソフト)を一新した2016年秋、標準搭載するウェブブラウザーからアップルペイを呼び出す機能を盛り込んだおかげだ」。

ウェブブラウザーで対応ECサイトにアクセスすると、アップルペイで支払える

つまりマックブックプロに限らずアイフォーンの利用者も、ブラウザーでネットショッピングをする際にその恩恵に預かることができるわけだ。アップルペイに対応したギフティのようなECサイトであれば、利用者はアイフォーンやマックを使って自分の"仮想的なクレジットカード"で支払いができるようになった。

安全面に大きな違い

アイフォーンでネットショッピングする際にも、ECサイト側にカード情報を渡さずに済む

ECサイトならクレジットカードで支払えるのが一般的だし、一体何が違うのか――。こんな疑問も浮かんでくる。ただ、これまでのクレジットカード払いとアップルペイによる決済の間には、安全面で大きな違いがある。

まず、「トークナイゼーション」(トークン化)という仕組みによって、そもそも本来のクレジットカード番号を使わずに決済を行える。店舗側にカードにまつわる各種個人情報を"さらす"ことなく買い物ができる。もう一つは、指紋による本人確認を通過しない限り、支払いは実施されることもない。

従来のカード払いでは、一度きりしか使わない無名のECサイトでもクレジットカード番号を入力して店舗側に伝えなければならない。フィッシング詐欺などが横行する現状を踏まえると、買い物先が本当に信頼の置けるECサイトなのか、不安に感じる人は少なくないはずだ。万が一、そのECサイトからカード番号が流出すれば、悪意のある第三者の手に渡って、悪用されてしまう危険性がある。

日本でクレジットカードが欧米に比べて浸透していない背景の一つに、こうしたネット上での利用における安全・安心の問題があるとされる。一般社団法人ジャパンEコマースコンサルタント協会(JECCICA)が米決済大手ペイパルと共同で調査してまとめた「中小EC企業向け2016年EC戦略白書」によると、直近1年以内に中小のECサイトで買い物をした人は全体のわずか7.3%にとどまっている。

「使わない」と答えた人に理由を尋ねたところ、17.5%が「セキュリティー面で不安だから」とした。全体の96%が会員登録することにも、「なんらかの抵抗がある」と答えており、生年月日などの個人情報を必ずしもすべて正しく入力しているわけではない実態も浮かび上がる。

「おサイフケータイ」と「ペイパル」を合体

現段階では、リアル店舗でのクレジット決済が手軽に完了することを前面に押し出し、アップルペイの魅力を全力でアピールしているアップル。その真意は、まずは分かりやすい点を訴求し、利用者の母数を着実に増やすことにあるのだろう。

日本では早くから「おサイフケータイ」が誕生したが、万人が財布代わりに使うほどには浸透していない。まして海外では、モバイルウォレットという概念そのものが目新しい。財布を取り出すことなく、スマートフォン(スマホ)で日々の生活で発生する支払い行為が瞬時に完了する便利さは、今までにない気持ちの良い買い物体験として映るに違いない。

消費者がポケットの中に入れている財布を徐々に"巻き"取っていき、モバイルウォレットへと置き換えていく。作戦が成功したタイミングで、「実はネットでも今までになくお手軽に、しかも安全にカード決済できるんです」とアピールする。魅力を十分に知った消費者にとって、ECサイトでアップルペイを使う意義はすぐ理解できるし、心の壁はすぐに瓦解するはず。結果、需要のある決済手段として、ECサイトの側もアップルペイを導入せざるを得なくなる――。こんなシナリオをアップルは描いているのかもしれない。

ネット決済に限っていえば、これまでにもペイパルが各ECサイトに変わって決済代行するサービスとして欧米を中心に人気を博してきた。決済時にECサイトからペイパルに一時的にジャンプして、ECサイト外で決済を実行できる点が支持された。

アップルペイはいわば、リアル世界での決済を手軽にする「おサイフケータイ」と、ネット世界での決済を手軽にする「ペイパル」を合体させたようなサービスと考えるのが正しい。しかもトークナイゼーションや指紋認証によって、安心感をうまく演出している点で従来の決済手段に比べてアドバンテージもある。

アップルペイ対抗サービスとしては、12月14日に日本でも展開が始まった米グーグルの「Android Pay(アンドロイドペイ)」のほか、米マイクロソフトの「Microsoft Wallet(マイクロソフトウォレット)」、韓国サムスン電子「Samsung Pay(サムスンペイ)」などが続々登場している。モバイルウォレット界隈はにわかに活況を呈し、競争が激化している。

ただ、ネットを含めてさまざまな場面で使えるようにする思想や使い勝手の良さで、アップルペイは他を数歩リードしている印象が強い。垂直統合モデルにこだわりハード、ソフト、サービスを一体設計する同社の強みを決済サービスでも発揮している。

ホームボタンに指おくだけで決済完了

例えば最新のマックブックプロでなくても、最新OSを搭載したマックであれば、決済だけアイフォーンに肩代わりさせるモードもアップルペイには用意されている。

パソコンでアクセスしたECサイトでアップルペイによる決済を選択する際に、近くにアイフォーンを置いておく。するとアイフォーンとパソコンが近距離無線通信のブルートゥースでつながり、アイフォーン上のホームボタンに指を置くと支払いが実行できるモードだ。"リンゴ印のエコシステム(生態系)"の住人向け特典のような機能と言えるだろう。

日本ではアイフォーンはスマホ市場で半分近くのシェアを握る。ただ全世界に目を向けると、必ずしもマジョリティー(多数派)ではない。米ガートナーの調べでは、2016年7~9月期のアイフォーンの世界販売台数は4300万台で、シェアは11.5%だ。

垂直統合モデルを武器に携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」と音楽再生ソフトiTunes(アイチューンズ)で消費者の音楽との接し方を変え、アイフォーンでは消費者の情報や身の回りの物との接し方を変えたアップル。今度は、アップルペイでお金との接し方を劇的に変えようと試みる。

モバイルウォレットを武器にリンゴ印のエコシステムへの"移住"を人々に促し、全世界のスマホ市場でのマジョリティーに上りつめられるか。その成否が分かるのはかなり先になりそうだが、少なくとも現時点ではアップルがモバイルウォレット競争で優位な立場にいるのは間違いない。

(日経FinTech 高田学也)

【参考】日経BP社は2016年12月13日、書籍「決済の黒船 Apple Pay」を発行した。アップルが提供する決済サービスの裏に隠された思想を浮き彫りにしつつ、使い勝手を高めて安全性を担保する独自の工夫を解説。

決済の黒船 Apple Pay (日経FinTech選書)

著者 : 鈴木 淳也
出版 : 日経BP社
価格 : 1,728円 (税込み)

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