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土俵 はい上がり続け 大相撲・玉飛鳥

引退模様(3)

18年半の相撲人生で十両に昇進した回数が史上2位タイの7度に上る。本名がフィギュアスケートの高橋大輔さんと同姓同名の元幕内玉飛鳥は、関取の座から陥落するつどはい上がってきた。

上がったそばからまた落っことされて、本人は「実力がなかっただけ」と謙遜するが、この乱高下は十両の底辺に居つくよりよほど至難とみる向きもある。

場所中は会場の警備を担当する

若い頃は押し相撲で将来を嘱望された。2005年名古屋場所、22歳での新入幕。稀勢の里や琴奨菊を倒して9勝、翌秋場所には日馬富士(当時は安馬)からも白星。今の角界を担う面々と互角に渡り合っていた。

その出世物語が同年九州場所に暗転する。4日目の琴ノ若(現佐渡ケ嶽親方)との一番で左足首を骨折、休場。完治を待たず翌年初場所に強行出場して途中からまた休場、幕下へ転げ落ちた。

故障による稽古不足で糖尿病も発症し、ケガとの二重苦に。さほど痛くなくてもケガを口実に稽古で手を抜くようにもなった。兄弟子の元関脇玉春日(現片男波親方)はこれを現実逃避と看破する。「中途半端にやるなら相撲をやめろ」と叱られ、目が覚めた。

「周りには自分のことを自分以上に真剣に考えてくれる人がいる。その人たちのためにも、今のままではダメだ」

態度をあらためて精進し、09年秋場所に幕内に返り咲く。「厳しいことを言われた時、それを助言と受け取るか批判だと思って反発するかはその人次第。気づく人は応援してくれる人が増え、気づけないと人が離れていくのだと思う」

浮き沈みはその後も続いたが、めげない姿にファンがつき、故郷の名古屋で「玉飛鳥マーチ」なる応援歌が愛唱された。「番付を上げて名古屋場所へ」と直前の夏場所では力がわいて、入門から17年連続で勝ち越した。肝心の名古屋では「勝ちたい気持ちが強すぎて、空回りして」振るわぬことが多かったけれど。

新十両の04年九州場所は初日から白星と黒星を交互に並べ、千秋楽で千代天山を下して勝ち越した。思い出の一番だ。「あの新十両の場所が自分の相撲人生を象徴しているのかな」。18年半を通しても、禍福はかわりばんこに訪れた。

今は片男波部屋の部屋付き親方となり、年明けの断髪を待つばかり。場所中は会場の警備を受け持ちながら、部屋では恩人の片男波親方とともに力士4人の小所帯を興隆させようと奮闘中だ。部屋頭の玉鷲に続く、押し相撲の担い手が待たれている。「強いだけでなく芯のある人間を育てたい」。転ばぬ強さより、転んで立ちあがる尊さを示したお相撲さんらしい、てらいのない言葉である。

(田村城)

 たまあすか・だいすけ 本名・高橋大輔。1983年1月26日生まれ。名古屋市熱田区出身。中学3年時に中学横綱となり、中学卒業後に片男波部屋に入門した。98年春場所初土俵。最高位は西前頭9枚目。十両昇進7回は史上2位タイ、幕内昇進7回は史上14位タイ。幕内在位12場所、十両在位39場所で、通算580勝569敗29休。十両優勝2回、幕下優勝2回。9月に引退、年寄「荒磯」を襲名し、片男波部屋の部屋付き親方となった。断髪式は来年1月に予定している。

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