/

投手のボール回転数から見える奥深い世界(前編)

スポーツライター 丹羽政善

肉眼では絶対に見えないものがある。

それが見えたとき、何が変わるのか。

例えば、肘が下がると投げるときに肘に遠心力がかかって危険ということは、長く言われてきた。それはこれまで、投手コーチらが目で見て「気をつけろ」と投手に伝えていたわけだが、今や、パソコンの前に座り、リリースポイントに関する2つのデータ(上下、左右)を抽出するだけでそれを推測できる。リリースポイントが試合ごとにどう変化しているのか、数ミリ単位で確認することも可能だ。

大リーグ屈指の左腕カーショーは変化の大きなカーブも武器の一つ=共同

プロゴルフの世界には一足早くそういう時代が訪れた。プロゴルファーには、スイングコーチがついているケースがほとんどだが、もはやコーチが別の場所にいても、スイングの映像を見なくても、指導できるようになっている。ゴルファーはスイングスピード、ボールの回転数、打ち出し角度、飛距離などを自分で計測。そのデータをコーチにメールなどで送れば、スイングに潜む問題点を指摘してくれるというわけ。もはやプロだけのものではなく、街の練習場でも同様の指導が普及している。

アナログな指導法に一石投じられないか

そのリリースポイントにしてもスイング解析にしても、大きさは野球のベース程度という小さな「トラックマン」というシステムが可能とした。

開発されたのは10年以上も前のこと。デンマークのナショナルチームでプレーし、若い頃はニック・ファルド(英国)、セベ・バレステロス(スペイン)らと戦ったクラウス・エルドルップ・ヨルゲンセンは当時、医療機器の世界で研究者をしていたが、ゴルフのスイング分析にも興味を持ち、30年以上も変わらないゴルフのアナログな指導法に一石を投じられないかと考えていた。

賛同した弟とともにアイデアを具体化し、レーダー技術の世界に身を置き、ミサイルの弾道追尾システムの開発にも関わったフレデリック・タクセン氏を引き込むと、彼の専門でもある対象物との距離によって周波数が変わるドップラー効果を利用したドップラーレーダー技術を応用することで、長年の構想を実現した。

当初の価格は20万ドル(当時のレートで約2340万円)。それを「ミズノ」「ナイキ」「ピン」「テーラーメイド」「キャロウェイ」の5社がセールスをかけてから2週間以内に購入を決断したという。その時点では、海のものとも山のものともつかないものではあったものの、いかにその技術が画期的であったかがうかがえる。

3年後の06年には米PGA(プロゴルフ協会)ツアーにも導入され、大会では少なくとも1ホールに設置され、データ収集に利用されるようになった。

リリースポイントのほか、投手が投げる球の回転数、打球の初速、本塁打の飛距離などを正確にはじき出すトラックマンを大リーグが本格的に活用し始めたのは昨年のこと。チームによっては08年ころから利用していたが、リーグが主導し、打球を追う野手の反応時間、移動距離、走塁のスピードなど選手の動きそのものを解析する「チャーランヘーゴ」と融合させて、「STATCAST」というシステムを開発。計測機器を全球場に設置したのが昨年だった。

その膨大なデータを各球団がどう活用するかだ。「STATCAST」が導入された昨年から始めたのでは、1990年代に入って統計学的アプローチから選手評価をするセイバーメトリクスの理論が認知されていたにもかかわらず、積極的に取り入れたアスレチックスの成功を目の当たりにして「じゃあ、ウチも」とようやく重い腰を上げたのと同じで、すでに後手に回っているかもしれない。

アストロズなど、早い段階から着目

アストロズなどは早い段階からトラックマンのデータで得られる投手の投げる球の回転数に着目。その狙いに沿って獲得した選手が、彼らの方向性が間違っていなかったことを証明した。

マカフィーのカーブ回転数トップ5
順位回転数計測日
2961.002016年6月4日
2954.0016年5月15日
2939.0016年6月4日
2933.0016年6月27日
2901.6115年9月26日
2620.0016年平均

13年12月、アストロズはロッキーズのウエーバーリストに載っていたコリン・マカフィーという投手を拾う。彼はそれまでメッツとロッキーズに所属し、大リーグでは15試合に登板(9先発)して0勝8敗、防御率8.94という平凡な投手。ロッキーズはむしろ、獲得に名乗りを挙げるチームが出て、驚いたのではないか。

ところが、その戦力外寸前だったマカフィーは、アストロズに移籍した14年から、今年までの3年で90試合に先発して43勝26敗、防御率3.71をマーク。昨年は19勝を挙げるなど、誰もが驚くような変貌を遂げたのだった。

アストロズが実際にここまでの成長を予想していたかといえば疑わしいが、彼らが注目したのは、毎分3000回転(以下同)近い彼のカーブの回転数である。カーブの歴代最高回転数(2008~16年)は、今年8月にメッツのセス・ルーゴが記録した3498回転だが、マカフィーの回転数もメジャーのトップクラス。アストロズとしては、これを生かせるようなピッチングができればと考え、そこに可能性を見いだしたそうだ。

では、マカフィーのカーブは打たれないのか。大リーグの各種データを分析するサイト「STATS.COM」(15年8月4日付)によれば、もっともカーブの被打率が低いのはクレイトン・カーショー(ドジャース)だが、両投手の過去3年分の被打率、空振りをとる確率を、大リーグ公式ページの「1球速報」で用いられていて球速、リリースポイントの位置などを計測する「PITCH f/x」の情報を分析・管理する「brooksbaseball」のデータをもとに調べてみた。

これを見ると被打率では劣るものの、空振りをとる確率では、平均でわずかながらカーショーを上回っている。彼にとってやはりカーブは、カーショーにも匹敵するほど大リーグでも高いレベルにあり、ピッチングの軸として十分通用する球だということがわかる。

アストロズ移籍前、彼が投球の中でカーブを投げる比率は19.19%だったが、移籍後は23.29%、23.79%、29.61%と増えている。偶然ではないだろう。

しかし、彼のケースでは、アストロズがカーブの回転数に目をつけて覚醒させたが、回転数が高ければ高いほど、それぞれの球種が有効かといえばそうとも限らないようだ。

次回(12月26日掲載予定)、さらに具体例を挙げながら、回転数がもたらすものをたどってみたいが、その回転数を導き出す「STATCAST」も百パーセントではないようで、そこにも触れてみたい。

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連キーワード

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン