クラブ情報発信 チャレンジの連続だから面白い
SVホルン マーケティング担当フィリップ・フェッファー

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2016/12/8 6:30
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 サッカー日本代表の本田圭佑(ACミラン)が実質的なオーナーになってから、コーチ陣やフロントに日本人が増えたSVホルンだが、オーストリア人のスタッフも当然いる。彼らの目にホルンが目指すプロジェクトはどう映っているのだろうか。マーケティング部門で働くフィリップ・フェッファー氏(26)に話を聞いた。

マーケティングやPRの仕事がフェッファー氏の仕事。地域イベントも行う=ホンダエスティーロ提供

マーケティングやPRの仕事がフェッファー氏の仕事。地域イベントも行う=ホンダエスティーロ提供

SVホルンでは同僚の市塚裕大さんらとマーケティングやPRの仕事に従事しています。フェイスブックやツイッターなどのソーシャルネットワーク(SNS)を通じてクラブの情報を外部に発信、プレゼンテーションしていくのがメーンの仕事です。地域でのイベントを計画して実行したり、地元スポンサーとの契約交渉に携わったりすることもあります。小さなクラブだけに互いに助け合えることがあれば、どんどんサポートに入りますから、仕事の中身は多岐にわたります。

ビジネスの側からサッカーに関わる夢

出身地はザンクト・ペルテンというホルンからクルマで1時間ほどの場所です。サッカーマニアなら2013~14年シーズンに、エアステリーガ(2部)所属ながら国内カップ戦で準優勝し、翌年の欧州サッカー連盟(UEFA)欧州リーグに出場資格を得たSKNザンクト・ペルテンのホームタウンとしてご存じかもしれませんね。

ここで私はサッカー少年として育ちました。子供の頃の夢はプロのサッカー選手になることでした。しかし、13歳のときに膝に大けがを負い、プロを目指す子供なら通うべきクラブチームのアカデミーに入ることを断念せざるを得なくなりました。16歳のときに再び膝を痛めてからはプレーヤーではなく、ビジネスの側からサッカーに関わることが私の夢になりました。

チロルの大学でスポーツカルチャーを修めたのもサッカー業界で働くという明確な目標があったからです。基本的な経済の勉強、スポーツクラブのマネジメントについて学んだ後、LASKリンツという2部のクラブでインターンとして働き始めました。そこでいろんな人と知り合う中で、ホンダエスティーロがホルンの経営権を取得するという話を聞きました。

耳にしたときは大きなチャンスだと思いました。当時のSVホルンはオーストリアの3部リーグにいました。3部リーグはもちろん、LASKのいる2部リーグでもビジネス的にそれほど激しい動きがあるわけではありません。そこに現役の日本代表選手がオーナーとしてやってきて、3部からブンデスリーガ(1部)昇格、さらにはチャンピオンズリーグに出られるようなクラブに変えていくというのですから、これまでにない、すごく野心的で新しい試みだと感じました。現地でも瞬く間に大きな話題になりました。それでツテをたどって神田康範・最高経営責任者(CEO)の面接を受け、幸いにも気に入ってもらえ、一緒に働けるようになりました。

大学ではスポーツカルチャーを修めた=ホンダエスティーロ提供

大学ではスポーツカルチャーを修めた=ホンダエスティーロ提供

めったに経験できないことばかり

LASKリンツではインターンでしたから、SVホルンで正式採用の身になれたことは、すごくうれしかったです。オーストリアでも趣味と実益を兼ねたようなスポーツビジネスは若者の間で非常に人気がある職種なのですが、働きたい人は大勢いるけれど、働き口は非常に少ない業界でもあります。その難関をくぐり抜けられた自分は幸運でした。

SVホルンで働いて1年半になりますが、毎日充実の日々を送っています。めったに経験できないことを毎日味わえている感じがします。

大学時代にアジアの学生と交流はありましたが、日本人と本格的に一緒に働くのは初めての経験でした。私くらいの年代には漫画やアニメを通じて、やたらと日本に詳しい若者もいますが、私はそういういわゆる「オタク」ではありません。日本人とか日本文化についてのイメージといえば「休みもせずによく働く、勤勉な人たち」という一般的なものしかありませんでした。

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