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VRで「どこでもスタジアム」、ソフトバンクの挑戦

日経テクノロジーオンライン

2016年は「VR(仮想現実)普及元年」――。ソニー・インタラクティブエンタテインメントが10月に発売したVR用のヘッドマウントディスプレー(HMD)「PlayStation VR(PS VR)」が事前予約で品切れするなど、国内でもVRに対する関心が急速に高まっている。VRの応用分野は広く、スポーツビジネスにおいても大きな期待を寄せられている。

こうしたなか、ソフトバンクはVRの市場開拓とサービス提供を目的に、2016年6月に「VR事業推進室」を新設。7月にはVRベンチャーの米NextVRに出資するなど、活動を強化している。同社サービスコンテンツ本部VR事業推進室の加藤欽一(よしかず)室長と藤田誠司氏に、「スポーツ×VR」の可能性やサービス展開などについて聞いた。

――ソフトバンクではいつごろからVR技術に着目し、サービス化に向けて準備を進めてきたのか。

加藤会社としてはVRにかなり以前から注目していた。それを対外的に初めて示したのは、創業30年を迎え、次の30年に向けて策定した「新30年ビジョン」(2010年発表)でのこと。このなかで、将来に向けたキーテクノロジーとしてAI(人工知能)やロボットなどとともに、VRを挙げた。

そして2015年10月ごろに、事業化に向けてプロジェクトチームを発足。2016年6月にVR事業推進室を開設した。

――VRベンチャーの米NextVRへの出資の経緯は。

加藤 NextVRと最初に話をしたのはプロジェクトチームの立ち上げ時からで、米シリコンバレーに駐在するソフトバンクの新規事業開発の担当チームが交渉した。NextVRは、VR形式の映像配信サービスの先駆者的存在で、米国のVR・AR(拡張現実感)関連のベンチャー企業を100社近く調査したなかで、「ここはすごい」と同チームが評価した、突出した存在だった。

――NextVRの何が「すごい」のか。

加藤 同社の創業は2009年。2012年にはVR形式の映像配信サービスを開始しており、ノウハウを豊富に蓄積している。VR映像のライブストリーミングも提供しており、この分野では世界のトップを走る。現段階では他の企業がマネできないレベルの技術を持ち、当社としてはぜひ一緒に事業を展開したいということで出資に至った。

NBAの試合を毎週ライブ配信

――「スポーツ×VR」の可能性をどう考えているのか。

加藤VRは距離の概念をなくし、時間を超える。例えば、ドナルド・トランプ氏が米大統領選に勝利した際の演説を、その場の空間まるごと映像として保存しておけば、10年後にHMDをかけて見たときにその瞬間に戻れる。時空を超えて"空間を残せる"インパクトは大きい。

スポーツ観戦では、実際にスタジアムの最前列に座って試合を見れる人はごくわずかだ。お金や時間の制約でほとんどの人はスタジアムに行けないが、VRならその制約を取り払える。スタジアムに行かなくても臨場感をVRで伝えられるため、新たなビジネス機会が生まれる。これは音楽ライブにも共通している。

かつて立体映像を表示する「3Dテレビ」が話題になったが、これはどこまで行っても2D映像の延長だった。VRはHMDの視界すべてに映像が表示されるので、その空間に没入できる。この違いは口頭では伝わらず、体感してもらわないと分からない。

VRでは、実際のスタジアムでは見られない角度で試合を楽しめる。例えば、NextVRが配信しているサッカーの試合では、センタリングのシーンをゴール裏から見られる。実際にスタジアムで観戦していても、メーンスタンド側に座っていたら、この角度で試合を見ることはできない。VRには"リアル"を超えられる部分もある。

――NextVRは実際にどのようなVR配信サービスを提供しているのか。

加藤 例えば、米プロバスケットボールのNBAの試合について、これまでは過去の試合をVR形式で配信していたが、2016-2017シーズンからは毎週1試合、ライブでVR配信をしている。コートサイドの観客最前列のセンター、ゴール裏、全体を俯瞰(ふかん)する位置など、NBAだと5~6カ所に専用カメラを設置して映像を配信している。

どのカメラの映像を視聴者に配信するかは、ボールの位置によってNextVRの担当者がスイッチャーで手動で切り替えている。以前は視聴者が自分で映像を切り替えることもできたが、これだと視聴者が疲れてしまうのでやり方を変えた。

また、ゴルフではティーグランドやコース上に5~6カ所、サッカーでは7カ所などと、カメラの台数や配置を会場の大きさや競技によって変えている。これもNextVRのノウハウだ。

――NBAのVRライブ配信サービスは、それ単体を有料で提供しているのか。

加藤 コンテンツ単体に課金しているわけではなく、「NBA.com」の年間パスポートを持っている人なら誰でも視聴可能だ。現時点ではVR用のHMDを持っている人がまだ少ないので、VRを体験できる人を増やすのが先決だ。

NextVRのビジネスは、VRコンテンツの制作と配信が中心。配信サービス事業者などから制作費をもらってVRコンテンツを作ったり、スポンサーがついてコンテンツを制作したりしている。

――NextVRの技術のどこが優れているのか。

加藤 VR配信サービスでは、実は映像を撮ってから配信するまでにさまざまなノウハウがある。NextVRと同レベルのライブ配信を、国内で他社が実現できていないのはそのためだ。

VRでは周囲360度を撮影するのでデータ容量が重くなる。ライブストリーミングでは、それをリアルタイムで「圧縮」しなくてはならない。国内で他社が手掛けたライブ配信の事例では、推奨帯域が30M~40Mbps(ビット/秒)と大きかった。ところがNextVRの場合は10Mbps程度で、携帯電話のLTEでも高品質の映像を配信できる。映像の品質を落とさないことで、HMDで見たときの没入感が高まる。

藤田 映像の再生アプリも他社にはマネできないレベルだ。VR用のHMDには、PS VRのほかに、米Facebookが買収した米OculusVRの「Oculus Rift」や台湾HTCの「HTC Vive」などがある。Oculus RiftやHTC Viveはパソコンに接続して使う。

デスクトップパソコンなら「8K」映像の再生に対応しているが、NextVRの配信サービスが対象としている「GearVR」(韓国Samsung Electronics)はスマートフォン(スマホ)をはめ込んで使う簡易型HMDのため、チップセットの制約から「4K」までの再生能力しかない。それでも、高解像度の映像を再生できるアプリの技術力は高い。

HMDはスマホ型が主流になる

――ソフトバンクでのVR配信サービスの計画は。

加藤 2016年度内はVR配信サービスを展開するための準備期間とし、2017年度、つまり4月以降にVR配信サービスを開始する。コンテンツは、まずはスポーツと音楽の2本柱になる。

ライブストリーミングと蓄積型(ダウンロード)サービスの両方を提供する。例えば、試合がある週末はライブ配信を実施し、それ以外の日はスポーツのハイライトシーンの蓄積型サービスを提供したりする。

こうしたサービスは、NextVRの技術とノウハウを軸に展開する。当面、他社が同レベルの品質の配信サービスを実現するのは難しいと考えている。

――VR配信サービスが普及するために必要なことは何か。

加藤 まず、HMDの普及が絶対条件になる。現時点ではHMDを持っている人が少な過ぎる。HMDには、Oculus RiftやHTC Viveのようにパソコンに接続して使う高性能タイプもあるが、台数ベースではGearVRのようなスマホ型が主流になっていくと見ている。スマホの進化のスピードは速く、ほとんどの人が保有するスマホが自然に「VR Ready」になっていくだろう。

米国では既にGearVRが累計100万台以上も出荷されており、国内より使用環境で先を行っている。ただし、GearVR(価格は1万5000円程度)もどちらかと言えば"ミッドレンジ"なので、段ボールで作られていて手元のスマホと組み合わせて使う「Cardboard(カードボード)」(1500円程度)のようなより安価なソリューションを訴求し、敷居を下げていくことも必要になる。

コミュニケーション機能の提供も重要だ。VRは1人で没入してコンテンツを楽しむのに適しているが、スポーツでは友達などと一緒に観戦して盛り上がりたいというニーズも多い。そこでVR空間に友達の「アバター」を出現させ、田舎にいる友達などと一緒に観戦できるような環境を提供できたらいい。NextVRでも、そのような機能の開発を検討している。

また、HMDではヘッドトラッキング(頭の動きの検知)の時間の遅れや映像の解像度が低いことが理由で「VR酔い」を起こすことがある。機器自体が重く長時間の使用によって疲れるという課題もある。今後は性能面も含め、HMDがもっとスタイリッシュになっていく必要がある。

HMDの使用には「13歳未満の子供は斜視になる危険性がある」として、現段階では世界的に自主規制があることも課題だ。VRの本格的な普及という観点では、将来的に状況の改善が必要になるだろう。

(聞き手:日経BP社デジタル編集センター 内田泰)

[スポーツイノベイターズOnline 2016年12月9日付の記事を再構成]

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