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[FT]世界巡る安倍首相、大胆さが隠す国内での小心

Financial Times

先週行われたドナルド・トランプ氏の外国首脳との初会談には、驚かされることが多々あった。米国務省の不在、娘イバンカさんの同席、ディズニーとベルサイユ宮殿を融合させたようなトランプ氏の室内装飾家のビジョンといったものだ。だが、それとほぼ同じくらい意外だったのは、会談の相手だ。というのも、人を押し分けて行列の先頭に立ったのは、日本の安倍晋三首相だったからだ。

会談に臨む安倍首相とトランプ氏。後方はトランプ氏の長女イバンカさんと夫のジャレッド・クシュナー氏(17日、ニューヨーク)=内閣広報室提供

日本の外交は過去何十年も、最悪の場合は支離滅裂、よくても目に見えないほど控えめだった。安倍氏は違う。基本的にトランプ氏との会談に招かれてもいないのに押し掛けたといえる大胆な行動は、世界を股にかける首相が65カ国を訪問する力になった外交努力と合致している。安倍氏は現在、アルゼンチンにおり、訪問国をまた1つ増やした。

積極的な外交、国内の安定から

安倍氏がこの積極的な外交政策を遂行できるのは、国内の政治が安定しているからだ。同氏はほぼ4年、首相の座にある。直近5人の前任者は、1人当たり1年ほどしか持たなかった。この政治の安定は、日本国内における経済改革「アベノミクス」の人気を基盤に築かれた。だが安倍時代の矛盾は、首相が国際舞台で大きな成功を収めるほど、国内で政治的リスクを取る熱意が薄れていくように見えることだ。

この1年間で、安倍氏は外交上の成果を上げ、財政、金融政策による景気刺激策を推し進めた。一方、国内では重要な法案をほとんど何も可決させていない。安倍氏は日本を改革した人物としてのレガシー(遺産)を残すよりも、世界における日本の地位を見つけた人物になりたいようだ。

G20首脳会議で中国の習近平国家主席(右)の出迎えを受ける安倍首相(9月4日、中国杭州)=共同

安倍氏は日米同盟の強化に取り組み、インドと有望な絆を築き、凍り付いていた中国との関係を単に冷たい程度まで改善させた。2015年には、日本の自衛隊が米国とともに戦うのを容易にする安全保障関連法案を可決させ、昨年12月には韓国と、戦時中の「慰安婦」問題に決着をつける合意をまとめた。

積み上がった成果には目を見張るものがある。戦時中の歴史をめぐって日本政府にかかる国際社会の圧力は近年のどの時点よりも小さく、日本には自国の利益を守るために同盟国を動揺させることをいとわない自信がある。このことは、中国・杭州での20カ国・地域(G20)首脳会議の直前に、日本が英国に「ソフト(穏健)」な欧州連合(EU)離脱を選ぶよう迫るメモを公表したときに明々白々になった。

そして今、安倍氏はそれ以上に大きな外交上の手柄を狙っている。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と取引し、日ロ両国が第2次世界大戦後に平和条約を結ぶ妨げになっている北方四島の領土紛争を決着させることだ。決着すれば、日本の安全保障が根本的に改善され、日ロ関係の最大の火種が取り除かれ、日本は以前より中国の台頭に対処する力を持つようになる。

参院選後の改革が見えない

ロシアのプーチン大統領(右)と握手を交わす安倍首相(19日、リマ)=共同

だが、後から考えると、安倍氏の安保関連法案の可決が、国内改革が行き詰まった瞬間だった。同法は不評だった。挽回するために、政府はよりポピュリスト(大衆迎合主義者)的なアベノミクスの「第2ステージ」に乗り出した。政府関係者は内々に、2016年夏の参院選の後には改革に戻ると約束していた。その選挙は終わったが、約束された改革はどこにも見当たらない。「首相はリスクを取るのを嫌がっているように感じる」。国内政策を担当するある政府高官はこう言う。「首相は非常に強い立場にあるから、それを危険にさらす理由はない」

その姿勢がどの分野よりも明白なのが、労働市場改革だ。日本の労働市場では、終身雇用の正社員と身分の保障がない契約・派遣社員の間のギャップを打破する大きなニーズがある。ところが安倍氏はその代わりに、「働き方改革」に集中している。つまり、日本の長時間労働の文化に立ち向かうことだ。長時間労働は大きな社会問題で、是正するのは評判はいいだろう。だが、改革派の指導者としては、ささやかなレガシーだ。

安倍氏はすでに、日本の重要な首相に数えられている。もし北方領土問題でプーチン氏と合意に達することができれば、歴史的な首相になるだろう。だが、もし取引がうまくいかなければ――そして、ロシア政府との協議の場から満足して出てくる人は少ない――安倍氏は、外国での冒険を優先して国内改革を成し遂げるチャンスを逃したことを後悔することになるかもしれない。

By Robin Harding

(2016年11月22日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

(c) The Financial Times Limited 2016. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.

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