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医療費問題、高品質データで生活習慣病防ぐ 経産省

CTO30会議(6)

日経BPクリーンテック研究所

CTO(最高技術責任者)がビジョンを描く場合、「社会的課題の解決」を発想の起点とすることがある。この際、重要なのはどの社会的課題に注目し、その本質がどこにあるのかを見抜くことだ。今回は、深刻な社会的課題である高齢化に伴う医療費の問題を取り上げ、経済産業省ヘルスケア産業課長の江崎禎英氏に話を聞いた。経済産業省は、生活習慣病を未然に防ぐ方策として「エビデンス・ベースド・ヘルスケア(EBH)」の構築を目指している。また抗がん剤治療と緩和ケアを実施した場合の存命年数を比較し、2016年内にも結果を公表する予定である。

――超高齢社会における課題は何でしょうか。

写真1 経済産業省 江崎禎英課長(撮影:新関雅士)

江崎 超高齢社会では高齢者が増えると誤解している人が多いのですが、65歳以上の高齢者の数が急激に増えるわけではなく、若者が減ることによって高齢者比率が増えるというのが実態です。しかも、今後65歳以上の人口は増えません。

高齢化の進展に伴い深刻化している課題は2つあります。社会保障費の増加による財政の圧迫と労働力の減少です。労働力の減少は、生産年齢人口の減少に加えて、介護によって離職する人が増えていることも影響しています。今でも出産・育児のための休職より介護による離職が多くなっています。

――保育所などの待機児童解消、子育て支援といった少子化対策や外国人労働者の受け入れでは労働力の減少に歯止めがかからないのでしょうか。

江崎 少子化対策や外国人労働者の受け入れは、とても重要な政策課題です。ただ、これで人口構造が変わるわけではありません。

団塊の世代が生まれた第1次ベビーブームと同じ出生率で子供が生まれ続けたとしても、人口減少が止まるのに約60年かかります。出生率の問題よりも出産適齢期の女性の数が減ることの方が影響は大きいのです。従って、少子化対策を進めても、高齢化の進展に歯止めを掛ける効果は見込めません。

外国人労働者について言うと、彼らは非常に優秀です。ある日本の工場では高度な組み立てを外国人労働者に頼っています。問題はその子供たちです。外国人労働者の子供は、学校と家庭で異なる言語を使うことでバイリンガルになると思うかもしれませんが、多くの場合はどちらの言語も中途半端になります。言葉が中途半端なまま成長してしまった場合に、法令など社会規範の順守や経済的自立ができないかもしれません。そうした人々を支える体制も財政負担の準備も整っていません。その意味では、むやみに外国人労働者を増やすわけにはいきません。

――高齢者の人口が増えないのであれば、社会保障費は抑えられると思いますが、国民医療費と介護保険給付は増え続けています。なぜでしょうか。

江崎 医療技術の発達によって一人当たりの医療費が上がっているためです。そのため、高齢者が増えなくても医療費は増え続けます。

今の社会保障費の考え方や仕組みが時代に合わなくなっています。1960年代から1980年代の人口構成をみると生産年齢人口がほとんどで、高齢者は1割にも満たないものでした。このため、手厚い社会保障給付をしても問題はなかったのです。ところが今後の人口構成では、若者と高齢者の比率はほぼ半々に近づいています。そして、長期の人口推計によれば高齢者の比率が半数近くを占める状態は約100年続くと見込まれます。むしろ1980年代以前の状態が例外で、若者と高齢者が半々という状況が普通という認識を持つべきなのです。

日本の社会保障制度は、結核に代表される感染症対策を目的に整備されました。その結果、結核を撲滅しました。問題は、現在の医療費の約3分の1が生活習慣病に費やされているのに、社会保障制度は変わっていないことです。健康管理していようが、不摂生していようが、病気になれば同じように医療費の給付が受けられます。

介護はさらに問題が大きいです。介護制度が良すぎて、一人でできることまで頼ってしまい、高齢者の自立心を損なっています。筋力維持や社会参加の機会となる着替えや買い物まで介助者が代わりに行ってしまうことで、高齢者が虚弱になってしまう面もあります。こうしたことが一人当たりの医療費を引き上げる原因になっています。

――医療費と介護費の増加を抑えるにはどうすればよいのでしょうか。

江崎 国民医療費の使用先は、高齢者に偏っています。これまで人生最後の数年間にそのほとんどが使われていると説明してきましたが、ある医療関係者から「今は人生最後の3日間で生涯医療費の3割を使っています」と訂正されました。それだけ偏りが激しくなっているのでしょう。

乳幼児期を除き、リタイアするまでの間は医療費をほとんど使っていません。世界でも医療費が高齢者に偏っている状況は同じで、財政が苦しくなった英国やドイツでは65歳以上の糖尿病患者の保険適用をやめようと議論しています。フランスでも45歳以上の生活習慣病の保険給付率を下げようとしています。しかし、日本は一律に切り捨てるのではなく、医療費を正しく使うことで解決できると考えています。

先ほど述べたように、国民皆保険によって老若男女すべての人が高度医療を受けられるようにしたことで、結核を撲滅しました。その結果、日本人の死因のトップはがんになり、医療費の3分の1は生活習慣病が占めるようになりました。がんも生活習慣病の一種に分類されます。がんは感染症のようには行きません。感染症は外部から入り込む病原菌やウイルスなどを排除できれば解決しますが、がんや生活習慣病はその原因が自分自身にあります。従って、感染症とは違った、がんや糖尿病に合わせた対策が必要なのです。

がんに対するアプローチは大きく見直す必要があるでしょう。がん細胞は元々患者自身の細胞です。がん細胞に有効な薬は正常な細胞の害になる可能性が極めて高いのです。このことから、治療方法や薬の審査方法は感染症とは変える必要があるのですが、従来通りの方法で新薬の治験を行い、標準治療として同じ病名の患者に広く処方しています。

現在の抗がん剤の奏効率は10%程度しかありません。しかも副作用が避けられません。すなわち9割の患者は効果もなく副作用に苦しんでいます。特に、同時に他の病気を患っていることが多い高齢者には適した治療を検討すべきです。現在、国立がんセンターの協力を得て、高齢の患者に最後まで抗がん剤による積極治療を行った場合と、早期に緩和ケアを導入した場合の存命期間の検証を行っています。高齢社会において適切にがんの治療方法を選ぶことは、患者のQOL(生活の質)を向上させるだけでなく、医療費の適正化に大きく貢献することが期待されます。

がん以外の生活習慣病に対してもアプローチを変える必要があります。糖尿病の場合、ヘモグロビンA1cを測定すれば、早期発見が可能です。自覚症状が出てから対応していたのでは遅いですし、医療費も余計にかかります。これを早期発見して、個別に運動と食事管理を適切に行い、体重と血圧を適切なレベルに維持できれば、糖尿病は改善します。生活習慣病を予防すれば、医療費を大きく下げられます。

――健康寿命を長くするために必要なことは何でしょうか。

写真2 個別対応で生活習慣病を防ぐと訴える江崎課長(撮影:新関雅士)

江崎 若いうちから健康管理を自分で行うことです。そうしないと定年を迎えたとたんに健康を損ないます。医療財政の観点から重要なのは、その健康管理を健康意識の低い人を含めて浸透させることです。現在のほとんどの健康キャンペーンでは、健康意識の高い人ばかりが参加しているのが実情です。大切なのは健康診断に行かないような人にしっかりと健康管理をさせることです。

昔、人は生きていること、生活することが運動でした。農工業に限らず、炊事や洗濯も重労働でした。交通機関も発達していなかったので、移動は徒歩が中心でした。生きている限り、社会において役割を与えられ、生涯現役でした。この頃は平均寿命と健康寿命がほとんど同じだったと思われます。認知症の人は少なく、介護という言葉はありませんでした。

現在は、平均寿命と健康寿命の間に10年の開きがあります。この10年で医療費の大半が使われています。便利になり過ぎて運動しなくても生活できるため、定年を迎えると急速に体が弱くなり、認知症になり、病院や介護施設のお世話になります。平均寿命は長くなりましたが、QOLは上がったのでしょうか。

生物学的に人の寿命は約120年あると言われます。60歳までを1周とすると、人生は2周あります。2周目は余生ではありません。2周目は子育ても終わり、1周目と同じだけ働く必要はありませんが、自分の生活を維持するだけでなく、認知症対策のために社会から必要とされる生活を送ることが重要です。社会的役割を持ち、自分の存在意義を確認できる人は免疫細胞が活性化し、老化しにくいのです。これは男女とも同じです。

従って、本人の意識も大事ですが、2周目を生涯現役で過ごせる社会システムが必要なのです。

――経済産業省が始めているエビデンス・ベースド・ヘルスケア(EBH)はどのようなものですか。これまでの仕組みと何が違うのでしょうか。

江崎 EBHは疾患に応じて個別に対処する仕組みです。そのときの体調、病歴、行動パターンを分析し、このままではどうなるかということを個別にアドバイスすることで、より効果的な健康管理が可能になります。一般論では人は動かないので、個別対応で生活習慣病を防ぎたいと思っています。

これは言い換えると、ビッグデータではなく、クオリティデータに基づいたヘルスケアです。ビッグデータは一般的傾向を示すものでしかありません。クオリティデータは個別解を出します。例えば、「これがあなたの今日の数値です。昨日お肉を食べましたね、このまま何もしないと明日倒れますよ」というところまでアドバイスしたい。食事管理も人によって違うはずですし、運動も人によってはしないほうがいい場合もあります。全員に同じことをアドバイスすれば良いというわけではないのです。

――EBHを実現するためにどのような取り組みを行っていますか。

江崎 例えば、糖尿病は進行の度合いが数値に現れるので、自覚症状が出る前に運動や食事のアドバイスを始めます。健康診断をして、軽度糖尿病であることが分かったら、測定機器を与えて、毎日の測定データを医者に送ります。医者からの適切なアドバイスにより、行動と結果の因果関係を明確にします。こうした取り組みを経営者にも伝え、健康管理しやすい職場環境を整えます。

現在、実証実験を進めています。3年かけて糖尿病に関する介入と結果の詳細なデータを収集し、効果的な予防・対策方法を確立します。この情報をAI(人工知能)で分析し、医療機器の開発に応用する予定です。また、民間の保険会社による新しい保険商品の開発につなげたいと思っています。具体的には、健康データと健康管理の状況に応じて、翌年の保険料が変化するものです。

今の保険制度は、全員でリスクを負担していて、診察を受けなかったり、運動しなかったりして、発症したら医療費を膨大に使います。サボった人が、みんなから集めたお金を使う仕組みになっています。それを見直して、数値が悪いまま健康管理に向けた活動をしない人は保険の掛け金を多くしたり、保険の給付率を下げたりし、反対に積極的な取り組みをした場合は掛け金を引き下げるといった対応をすれば、発症を防ぐ方向に行動する人が増えるでしょう。

――最後に、EBHによって新しい医療制度を構築する上で、企業に期待することがあれば教えてください。

江崎 健康を一般論で語らず、従業員の健康管理に会社が取り組むことは、結果的に企業価値を高め、業績を良くすることを経営者が理解していただきたい。従業員の健康管理を積極的に行うことは、企業の保険財政の悪化を防ぐだけでなく、超高齢社会を豊かにする重要な社会貢献であることを認識していただきたいです。

(聞き手=日経BPクリーンテック研究所 菊池珠夫)

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