2019年5月22日(水)

「EU、透明性高め懐疑派と戦え」
マルティン・シュルツ欧州議会議長に聞く

2016/11/20 3:30
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欧州連合(EU)が英国の離脱決定や域内で勢いづく反EU機運に揺さぶられている。背景にあるのが、EU機関に対する市民らの反発だ。市民が直接選ぶ唯一のEU機関である欧州議会は危機克服へどんな役割を果たすべきなのか。欧州議会のマルティン・シュルツ議長にEUの信頼回復への道筋、英離脱後のEUの将来像を聞いた。

欧州議会のシュルツ議長

欧州議会のシュルツ議長

――欧州議会はEU基本条約の度重なる改正を経て権限を拡大してきました。EU市民から直接選ばれた唯一のEU機関である欧州議会の歴史をどう評価していますか。

「欧州統合プロジェクトは本質的な意味で民主的な代表を持たなければならない。EU機関が約5億人のEU市民の日常生活に直接影響を及ぼす重要な決定をしているからだ。そうした決定が徹底した民主的コントロールの下に置かれるのが大事で、そのためには欧州委員会を監視し、欧州理事会と一緒に法律を制定するEU市民の代表を直接選挙で選べる欧州議会が不可欠だ。欧州議会は欧州統合プロジェクトの基本的な要素のひとつと言える」

「欧州議会は欧州市民の側に立って多くのことを行ってきた輝かしい歴史がある。欧州統合プロジェクトの本質的な価値を提供するために戦ってきた。少しだけ例を挙げれば、環境政策や個人データ保護、公正な税、銀行規制などで重要な役割を果たし、改革を前進させるための活動を主導してきた。人権分野では例えばサハロフ賞の授与によって、自国で虐げられているような人権活動家たちの認知度を引き上げてきた。」

――2014年の欧州議会選挙では、各会派グループが欧州委員長の候補者を決めて選挙戦を戦いました。シュルツ議長自身も欧州社会・進歩連盟の候補でしたが、そうしたやり方はうまくいったと思いますか。

「14年の選挙はまさに前例のない選挙だった。次の欧州委員長に誰がなるのかを巡って、私たちは歴史上初めて、公開で透明性が高い議論を行い、それをテレビでも放映した。それまでは欧州議会選挙で投票する市民は、自分たちの一票が次の欧州委員長の決定にどんな影響を及ぼすのかを知ることはできなかった。しかし14年の選挙で欧州議会選挙と欧州委員長の選定を直接的に結びつけたことで、すべてが変わった」

「欧州懐疑派には、EU高官というのは選挙で選ばれていない正体不明の官僚たちだという発想がある。懐疑派と戦うための最善の方法は、EUが民主的で透明性が高く、説明責任を果たせる組織であると人々に示すことだ。そして人々を欧州議会選挙の投票に向かわせる最善の手法は、彼らの投票が大事だということを示すことだ」

「新たな欧州委員長の選定プロセスは正しい方向に向かっている。欧州委員長が果たす役割の注目度を引き上げるだけでなく、委員長にいっそうの正当性も与えるからだ。EU加盟国の多くは欧州議会選挙の結果を無視して、誰が新たな欧州委員長になるべきかを自分たちで検討し始めたが、多くの報道機関と加盟国の市民社会は『それは違う。我々は欧州委員長の候補者選びに投票したのだ。自分の国のリーダーが介入するのは許さない』と言った」

――欧州議会の投票率は低下を続けています。1979年に60%を超えていた投票率は14年には42%台まで下がりました。なぜこれほど投票率が低いのでしょうか。改善には何が必要でしょうか。

「研究者たちは候補者の顔が見えやすいように工夫することが、有権者が投票に向かう傾向を高めることを示してきた。さらに欧州委員長の候補者が選挙キャンペーンのために加盟国を巡ることが投票にインパクトを与えることも示している。そうは言っても投票率が年を追うごとに低下してきたのは否定できない。それは欧州議会だけでなく、他のEU機関やEU全体にとっても有害だ」

「問題はEUのおかげでうまくいった分野についても、多くの加盟国政府は自国の役割を強調する傾向があるということだ。また加盟国政府が選挙の期間中だけ欧州議会の重要性を強調するのも問題だ。選挙キャンペーンのテーマは国内問題であることが多く、欧州レベルの問題は脇に置かれてしまうが、それは間違っている。欧州議会選挙は欧州の問題を巡って戦われるべきだという理由からだけではない。欧州議会の議員たちが互いに連携し合っていることを見てもらえれば、各会派が国境をまたぐような欧州レベルの次元で互いに競い合っていることがわかるだろう。選挙にもそうした次元が反映されるべきだ」

「欧州議会は欧州議会選挙法を改革するため、基本条約に基づく権利を行使してきた。欧州議会選挙を欧州委員長選びに結びつけた『Spitzenkandidaten(筆頭候補者)』プロセスは、選挙の投票率向上につながると思う。欧州議会選挙はもっと魅力的で、もっと欧州らしくなる必要がある。EU機関も数多くのメディアキャンペーンを展開して欧州議会の成果の認知度を高めることができる」

――英国独立党(UKIP)や仏国民戦線(NF)など「反EU」を掲げる政党や政治家は自国の議会ではなく、欧州議会を足場に勢力を拡大してきました。欧州議会が反EU勢力を育むという歴史の皮肉にも見えます。

「いや、そうとは言えない。欧州議会は模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)から携帯電話料金まで、労働時間規制から二酸化炭素(CO2)排出削減まで、様々な問題を有権者に提起してきた。そうした事実を親EU派に証明してきたのは大きな実績だろう」

「英UKIPや仏FNについて言えば、加盟国の選挙法を見なければならない。UKIPが英下院で1議席しか持っていないのは事実だが、15年の英総選挙で約400万人がUKIPに投票したというのもまた事実だ。フランスについても同じことが言える。FNは国民議会では2議席しか持っていないが、12年の大統領選挙では約650万もの票を集めた。欧州議会選挙が比例代表の原則を尊重しなければならないことを考えると、欧州懐疑派の議員が多いのは予想できることだ」

「このことは英UKIPのファラージュ党首や仏FNのルペン党首、イタリアの北部同盟のサルビニ党首のような欧州懐疑派に欧州議会で強い存在感を持たせることによって、彼らの自国での注目度を引き上げてしまうという結果をもたらす。私はこうした政党に投票したEU市民を欧州議会に招き、彼らが選んだ議員らが実際に欧州議会で何をやっているのかを点検してもらいたい」

――今や欧州中で反EUの機運が高まっています。「政府間主義」の発想に基づいて各加盟国の権限を取り戻そうと主張する国や欧州議員もいます。それは欧州議会や欧州委員会の権限を弱めることにつながります。

「EUは常に危機の時代にこそ前進してきた。加盟国政府は実際のところは、直面している問題に対処する最善の手法は一緒に取り組むことだとも理解している。こうした発想に基づいて欧州統合は経済分野で大きく進展してきたし、金融危機に共同で対処するための強固で統合されたシステムを持つようになった。最近では欧州国境沿岸警備隊の創設にもこぎつけた。加盟国レベルでやることを増やしてしまおうという議論は、EUを発展させていく戦略的な計画を妨げる。欧州統合を行き当たりばったりにしてしまうリスクを増加させる」

「多くの加盟国政府が導入しなければならないのに不人気な政策を欧州やブリュッセルのせいにして喜んでいるが、まったく無益なことだ。EUの側に立って、自分たちは国境を越えたより大きな何か、EU市民全体の幸福にとって不可欠な何かの一部であることを重要だと考える欧州の首脳はほとんどいない。今こそ加盟国政府のリーダーらは欧州とブリュッセルにおける自らの責任を果たすべきだ。手軽にスケープゴートにされてきた『顔の見えない官僚』ではなく、加盟国のリーダーたちこそがEUの決定事項に大きな発言権を持っている」

「加盟国のリーダーらが示してきたイメージとは対照的に、EU市民は実際には安全保障や移民、金融安定の面においてEUの中で生きることに希望を見いだしている。そして多くの加盟国では、自国の国家機関よりもEU機関を信用している」

――欧州理事会と欧州委員会の双方がEUの結束の再構築のために加盟国との協力を求めています。欧州議会は各加盟国の議会との協力はどう進めていくつもりでしょうか。

「リスボン条約はEUにおける加盟国の議会の役割の重要性を明確に定めている。それは変えるべきではない。加盟国議会はEU法案を検証し、意思決定ができるだけ市民に近いレベルで行われるべきだというEUの補完性原則を満たしていないと判断すれば、『reasoned opinion』(理由を付した意見書)をEUに送付できる権限を与えられている。必要な場合には欧州委員会に法案の再検討などを求めるイエローカードやオレンジカードも発動できる」

――英国離脱(ブレグジット)後のEUの将来像をどうみていますか。離脱交渉において欧州議会はどんな役割を担うのでしょうか。

「英国はEU加盟国で2番目の経済大国だ。一般的に言えば、離脱はEU経済に大きな影響を及ぼすだろう。英離脱は欧州統合プロジェクトに対するEU市民の信頼を傷つけるだろうが、適切に対処すれば、信頼を強固にする機会も与えてくれる。将来の人々はブレグジットを危機として記憶することになるだろうが、それはEUの終わりの起点としてではないと確信している」

「英国との離脱交渉に関しては、EUの声をひとつにそろえて交渉に臨むことがとても重要だ。英国がEU条約の第50条に基づいてEU側に正式に離脱通知するまでは事前交渉に応じない姿勢を崩さないことも大事だ。英国政府に対しては、EUの単一市場における4つの移動の自由(人、モノ、資本、サービス)は一体で、不可分であることを明確にしなければならない」

「ブレグジット交渉で欧州議会は重要な役割を果たす。交渉の最後では離脱交渉の結果を承認するか否かを担う。欧州議会の交渉官にはフェルホフスタット議員(元ベルギー首相)を任命したが、彼が欧州委員会の首席交渉官であるバルニエ氏と密接に協力することになる。欧州市民にとって最善の合意を期待している。我々の目的は報復ではない。離脱交渉のプロセスを通じて英国にとって忠実なパートナーになるし、英国政府も同様だと期待している」

「英国がEU離脱した後の欧州議会をどう改革し、議席をいかに再配分するかという問題はとても複雑だ。欧州議会が提案を提出した後で議会内だけでなく他のEU機関とも交渉が必要になるだろう。加盟国間の議席配分を客観的で公正かつ恒久的で、透明性の高い方法で提出しなければならない」(聞き手はブリュッセル=森本学)

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