脱ゴースト作曲家 新垣隆さん、実名で新作「交響曲」
作曲家、新垣隆さんが新作の交響曲を完成させ、収録したアルバムが今月16日にリリースされる。2年前(2014年2月)、聴覚障害の作曲家といわれた佐村河内守氏のゴーストライターだったことを明らかにして以降、活動の幅を広げている。いつか自分自身の名前で交響曲を書き上げたいという思いを抱えていた新垣さん。その思いを実現させた今回の作品で、新たな作曲家人生をスタートさせる。新垣さんの交響曲に込めた思いと、作曲の魅力について聞いた。
「連祷(れんとう)」と名付けた新作は新垣さんにとって2作目の交響曲だ。前作の「交響曲第1番《HIROSHIMA》」は8年前、佐村河内氏の名前で発表された。その演奏を通じて交流のあった市民オーケストラの東広島交響楽団から、結成10周年の記念公演のために新たな交響曲をつくってほしい、と依頼されたのが作曲のきっかけとなった。

「『ヒロシマ』『ナガサキ』は人類にとって大きな問題を投げかけるテーマであり、一人の音楽家として改めて向き合いたいと思った。広島と長崎に原爆が落とされ、その廃虚からよみがえった日本。そして5年前の東日本大震災で再び原子力の脅威にさらされた、その記憶を曲の中に織り込み、一つのストーリーを描きたかった」
演奏に80人近くを要する今回の交響曲。長大で繊細、複雑な響きはどのように生まれたのか、聞いてみた。「長編小説を書くように、音を使ってストーリーを組み立て、プロットを設定していく。普段の生活の中でメロディーだったり、一つの響きだったり、そういうものが聞こえてくるとすくい取って、書き留める。イメージができてきたら、ピアノの前に座って鍵盤でこういう音かな、こういうフレーズかなと弾いて確かめながら、全体のスケッチをつくる。あとは頭の中に記憶した音を頼りに、暗く、シーンとした部屋で机に向かってひたすら書き続ける」

今回の作品はイメージ作りを始めたのが1年半前、書き始めてから完成までに6カ月間かかったという。自筆の譜面を見せてもらうと、手書きとは思えないほど細かい音符がびっしり並んでいた。「楽譜1ページは演奏時間にすると20秒ほど。一瞬で過ぎ去るが、書くのには1~2日かかる。作曲はとても時間のかかる作業だが、書いている時にいろいろ考える。それが自分にとってとても大切で、楽しい時間でもある」
新たな交響曲では重厚な響きの展開が続くが、途中、様々な音楽が脈絡なくいっぺんになり始める箇所がある。新垣さんがこだわった部分だ。「全く違う音楽を同時に演奏させる、そんな異常な設定をすることで混沌や混乱した状況を表現した」。「ウルトラ対位法」と呼ぶ前衛的作曲手法だ。

念頭にあったのは、旧ソ連で活動した20世紀屈指の作曲家ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906~75年)だ。「多くの名作を残しているが、彼のスタイルや響きも含め、一つのモデルとして常に自分の頭の中にあった」。ショスタコーヴィチの「交響曲第2番《十月革命にささげる》」に登場する、調性もリズムもばらばらの27種類の旋律の同時進行。こうした「ウルトラ対位法」を自らの作品にも取り込むところに、新垣さんの前衛的な現代音楽への指向性もにじみ出る。一方で緩やかなアダージョのテンポで進む第1楽章では、やはりショスタコーヴィチ風の癒やしと鎮魂の旋律も登場する。
新垣さんがこれほど力を注ぎ、時間を費やして書き上げる作品を、かつてゴーストライターとして他人の名前で発表することにためらいはなかったのか。「自分の名前でないことにわだかまりもあったが、試行錯誤を重ねて作品をつくりあげること自体が非常に大きな喜び。いいものができた!という時点で満足してしまう」と言い、職人気質な一面をのぞかせた。
新作の交響曲を携え、来年1月には自らの指揮とピアノ演奏で、東京室内管弦楽団とのコンサートが控えるなど、実名での音楽活動が本格化している。この先、どんな作品を書こうとしているのか尋ねると、「今は大きなものを書き上げて、空っぽになってしまった。この先、どんな作品がつくれるか、思いが及ばない」と力なく笑った。ただ、すぐに真剣な表情に戻り、「クラシックスタイルの音楽だけでなく、現代音楽やポップスなど、よくばりですが全部やりたい」ときっぱり。
インタビューではどの質問にも、一つ一つ考え、言葉を選びながら、静かに答えてくれた新垣さん。ゴーストライター騒動を乗り越え、今ではコマーシャルやバラエティー番組にも姿を見せるが、「まずは音楽家でありたいし、音楽を聴いてもらいたい」と言い、一貫した音楽への強い思いが印象的だった。
(映像報道部 槍田真希子)
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