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野球U23W杯、初代王者へ導いた大塚コーチの一道
スポーツジャーナリスト 木崎英夫

(3/3ページ)
2016/11/12 6:30
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そこで、大塚氏は同じ配属先になった野球部員から一着を拝借する苦肉の策を講じた。ところが……。

その同僚は小柄だったため、ズボンの裾は短く上着はパンパンに張っていた。さらに作業靴も受け取れなかったために、皮の表面がささくれ立ち色あせたお古を先輩社員から譲り受け、新入社員が醸す初々しさとは程遠い格好で日々の業務に就いていた。

遠慮がちな人柄がにじみ出るエピソードだが、その姿を思い浮かべると、つい、吹き出してしまった。

心情に寄り添えるコーチ

目標に向かう人に判で押したように使われる「前を見据えるプラス思考」の惹句(じゃっく)は、大塚氏の歩みには添えられない。

大事な右肘に何度もメスを入れたあの頃、焦燥感は日増しに膨れ上がっていった。「正直、まともに寝られた夜は数えるくらいしかなかったです」と吐露する大塚氏は、大リーグのマウンドを経験した桑田真澄氏から贈られた「辛抱」の文字が書かれたボールを心のよすがとした。それでも、真夜中にベッドから飛びおき、取り乱すこともときにはあったという。

大学時代に交際を始めた明美夫人は、大塚氏がノンプロ入りした直後から「このまま社会人野球で終わったらどうすればいいか」と漏らすようになったと話す。

明美夫人が当時を述懐する。

「親がいて戻れる家があるわけではないということが常に不安となっていたようです」

ただ、退路のない境遇こそが自分の背中を押していたことも事実だった。

大塚氏は言い切った。

「もし、両親がいて何も心配ない家庭環境にいたなら、今の自分はなかったと思います」

将来に対する底なしの不安を身にまとい、選手生命を脅かすようなけがも、再起を懸けた手術も乗り越えた大塚氏には、もう一つの強みがある。

高校、大学、社会人を経たアマチュア経験と、日米のプロ野球、さらに、独立リーグで費やした2年間だ。これだけの段階を踏んだ野球人は大塚氏以外見当たらない。

「僕はあらゆるレベルのマウンドに立ってきたので、どの選手の心情にも寄り添えるコーチになれると思います」

日焼けした顔に白い歯をのぞかせた大塚氏は、こう結んだ。

「将来の目標はメジャーのコーチになることです」

一道を行く大塚氏の歩みは止まらない。

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