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野球U23W杯、初代王者へ導いた大塚コーチの一道
スポーツジャーナリスト 木崎英夫

(2/3ページ)
2016/11/12 6:30
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決心を迫られたあの日の出来事は、亡き母との約束を果たす「本懐」へと変わっていったのである。

社会の厳しさが育んだ意地

11月6日(日本時間7日)、メキシコのモンテレイで開催されていた野球のU-23(23歳以下)ワールドカップ(W杯)第1回大会で日本は初代王者の座に就いた。好投を続けた投手陣をまとめていたのが大塚氏だった。チームにはプロ選手に交じり、社会人選手も数人選抜されていたこともあり、自身の社会人時代に話が及んだ。

大塚氏は東海大学から社会人野球の名門、日本通運浦和に就職する。入社前年に都市対抗で準優勝の好成績を収めたことで、野球部員の平日出社は免除され、豊富な練習量が確保された。ところが、入社した年は早々に予選で敗退し、特別待遇は剥奪(はくだつ)。通常勤務が始まった初日だった――。

「会社にも来ないで一日中練習してて、お前らはなんで負けたんだよ」

野球部の寮から通勤ラッシュの満員電車に揺られ、しばらくぶりに配属先の部屋に入ると、いきなり上司から厳しい言葉を浴びせられた。その直後、大塚氏が命ぜられたのはトイレ掃除だった。それを済ませると、伝票整理とトラックが運んできた荷物の仕分けに取り掛かった。

「重い段ボールを積み下ろしするのは結構つらいんですよ。腰にもよくないし」

そして、毎朝のトイレ掃除では手にしたブラシを動かしながら、心の中でこう叫んだ。

「絶対にプロになってやる!」

拳を握りながら語気を強めた大塚氏。しかし、今、改めて思うのは、野球部に対して好意的ではなかったその上司は、実は、自分を激励してくれていたのではないか……ということ。「あの頃の不満と我慢は、逆説的に、負けん気を吹き上がらせてくれたのでしょうね」と大塚氏は苦笑する。

ここで社会人時代のエピソードを一つ。

新入社員には作業服が2着支給されたが、大塚氏は友人の1着を拝借してプロ入りまでの3年間を過ごしたそうだ。理由は当時、井口資仁(現ロッテ)がいた青山学院大学との練習試合で果たした入部初登板で、痛烈な打球を顎に受けてマウンドで卒倒する大けがに見舞われたことだった。

記憶は飛び、気が付くと大塚氏は病院のベッドにいた。

「この大けがで4月1日の入社式前に行われた作業服の採寸にいけなかったんです」

ならば、退院後に採寸をすればよさそうなものだが、聞けば「けがで出遅れ、その年は都市対抗の埼玉予選で敗退。また5月には足の疲労骨折で休養を余儀なくされたこともあって、会社に言えませんでした」。

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