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野球U23W杯、初代王者へ導いた大塚コーチの一道
スポーツジャーナリスト 木崎英夫

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2016/11/12 6:30
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「継続は力なり」という言葉がある。

出典には諸説があり作者は不明とされているが、住岡夜晃の「讃嘆の詩」に目を通すと、それはカッコでくくられ核となって歌われていることを知る。以下抜粋。

真に強いとは、一道を生きぬくことである

性格の弱さ悲しむなかれ 性格の強さ必ずしも誇るに足らず

「念願は人格を決定す 継続は力なり」

真の強さは正しい念願を貫くにある

住岡夜晃は大正から昭和初期にかけて広島で活動した宗教家で、「讃嘆の詩」の全詩節に触れると、冒頭の6文字には、生きる胆力を促す深みのあるメッセージが込められていることに気づかされる。

前置きが長くなったが、件(くだん)の詩から浮かぶ情景にピタリと重なってくる人物がいる――。

中日2軍投手コーチの大塚氏はU-23日本代表のコーチとして投手陣をまとめた

中日2軍投手コーチの大塚氏はU-23日本代表のコーチとして投手陣をまとめた

昨年から中日の2軍投手コーチに就いている大塚晶文氏(44)だ。

2006年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)第1回大会で胴上げ投手となり、同年に移籍したレンジャーズで32セーブを挙げ守護神の座をつかんだ。しかし、その後に右肘を痛め離脱。08年に踏み切った右肘の靱帯修復手術では経過が思わしくなく、11年までの3年間で3度のメスを入れた。一時は真剣に左投げにも取り組み、再起への思いは揺らがなかったが、大リーグ復帰はかなわなかった。13年には日本の独立リーグで野球を続け、翌14年限りで現役を引退した。

若くして逝った母との契り

はじけるような笑顔が印象的な大塚氏だが、並大抵ではない苦難の道をたどってきた。

少年時代に家を離れていった父に代わり、母親が一家を支えていた。その最愛の母が病に倒れ、高校1年の厳冬に52歳の若さで急逝する。兄と姉、そして後見人に支えられ、プロ野球選手になる夢を抱き続けた大塚氏は言う。

「野球を続けることが母との約束でした」

小学3年になると、当時住んでいた千葉県こてはし台の少年野球チームに入った。4年生になったある日のことだった。監督から連絡を受けた母親は近所を探し回り、練習をさぼった息子をやっとのことで探し当てると、強張った表情でこう問い掛けたという。

「野球を続けるのなら今すぐ練習にいきなさい。辞めるのであれば今すぐ監督に言いにいきなさい」

このとき、母親の頬には一筋の涙が伝わった。10歳だった大塚氏が、幼心にも母の思いを察した瞬間だった。

「あの日から、子供ながらにも"自覚"が芽生えたような気がします。男として、スポーツマンとして、そして、人としての自覚ですかね」

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