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引退の広島・黒田 大谷との勝負に感じた幸せ

広島の黒田博樹(41)が今季限りでの引退を表明して臨んだ最初で最後の日本シリーズ。チームは第6戦で敗れ、準備していた第7戦での登板はかなわなかった。本拠地マツダスタジアムで有終の美を飾る最高の幕切れとはならなかったが、満身創痍(そうい)で戦い抜いた右腕は充実感にあふれていた。

「恩返しするのは今」と米球界から広島に復帰した黒田。背番号「15」は永久欠番になる=共同

32年ぶり日本一の夢が消えた10月29日夜。この日はベンチ入りせず、球場内の選手食堂のテレビで戦況を見守っていた。歓喜と落胆の入り交じるマツダスタジアムの様子を真っすぐに見つめたまま、黒田はしばらくイスから立ち上がろうとしなかった。

調整してきた第7戦の先発マウンドは回ってこず、20年間の現役生活に幕を下ろす形になったが、それも「勝負事なので」。気持ちの整理をつけると、セレモニー参加のためにグラウンドに姿を現し「黒田さん、ありがとう」と声をかけるファンに帽子を取って笑顔で応えた。

現役最後の1球はカープで、の強い思い

「カープファンに恩返しをするのは今」と決断し、米大リーグ球団の高額オファーを蹴って古巣に復帰したのが2015年。黒田の願いは、現役最後の1球をカープのユニホームを着て投じるという思いだった。その「最後の瞬間」は10月25日の日本シリーズ第3戦。舞台は敵地・札幌ドームとなった。

黒田は一回に先制を許したものの、日本ハムの右打者にはシュート系のツーシームを駆使し、左打者にはカットボールで大胆に内角を攻めた。強気の投球がさえていた先発右腕が突然、変調を来したのは六回のことだった。

優勝報告会の中の引退セレモニーで、マウンドを見つめる黒田=共同

1死無走者で打席は3番・指名打者の大谷翔平。カウント1-1からの3球目。外角へのスプリットで左飛に打ち取ったところで、右ふくらはぎがつったという。

いったんベンチに下がったが、患部にテーピングを施して再びマウンドへ。だが、投球練習中に今度は両足の太もも裏側に張りを感じ、それ以上の続投を断念せざるをえなかった。チームの勝利を優先し、自主的に交代を申し出た黒田。そして、この日からチームは4連敗することになる。雪辱の機会は巡ってこなかった。

「なんとか日本一になるために投げたいと思っていたが、こればかりは勝負事なので思い通りにならない。最後の最後で勝負の厳しさを思い知らされた」と黒田。アクシデントによる緊急降板でプロ生活の幕を閉じることになり「まさかその球が最後の1球になるとは思っていなかった。もう少し長いイニングを投げたかった思いはある」と悔しさをのぞかせた。

ただ、最後の1球を投じた打者が、投打二刀流で日本球界の次代を担い、自身同様に米大リーグで飛躍する可能性を秘める大谷になったことは、野球の神様の粋な計らいだったろう。現役最終登板で実現した大谷との対戦は3打席。計8球の真剣勝負で二塁打2本を浴びたが、すがすがしささえ感じたという。

黒田の現役最後の対戦は日本ハム・大谷(左)。すがすがしさを感じたという=共同

「アスリートとして次元が違う。投げるのも見たし、打者としても対戦したけど、全てが一流なんてありえないと思っていたからショッキングだった」。一ファンとして今後の成長を見つめたいと願う22歳との充実した時間。「最後に投げた球が彼にだったといううれしい気持ちもある。自分の中ではいい思い出になるんじゃないか」と振り返った。

4日にマツダスタジアムで行われた引退記者会見。ユニホーム姿で会見に臨んだ黒田の目に涙はなかった。「涙はもういっぱい流してきたので、最後ぐらいはいいかな」と語る右腕の表情は晴れやか。日本よりも球数制限の厳しい米大リーグでは、カットボールなどを覚えて打者を打たせて取る投球術を身につけ、ドジャースとヤンキースで5年連続2桁勝利をマークした。

人一倍の責任感でローテを守ってきた

「野球を楽しいと思ったことは一度もない」と繰り返し、先発ローテーションをひたすら守り抜くことで、ベンチの信頼に応えてきた。人一倍の強い責任感でマウンドに上がり続けてきたからこそ「ホッとしたのが一番。解放感がある。現時点ではボールも持ちたくない」との言葉が説得力を帯びる。

球団は日本シリーズ後、黒田の背番号「15」を永久欠番にすると発表した。広島では山本浩二氏の「8」、衣笠祥雄氏の「3」に続く3例目。黒田は「15番の背番号を見たときに、今年のチームのリーグ優勝を思い返してくれれば、すごく幸せ」と素直に喜んだ。

昨オフ、悩みつつ今季の現役続行を決めたが、シーズン入りすれば長期離脱することなく10勝をマーク。25年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献した。

ただ、肉体は限界に達していた。ドジャース時代の2009年に頭部に打球を受けた影響で首にはしびれが残るうえ、右肩痛にも苦しんだ。入念なマッサージは欠かせず、痛み止めの注射を何本も打ってマウンドに向かってきた。

「来年リーグ連覇をして、またもう一度、日本一にチャレンジしてもらいたい」と後輩たちにエールを送る。ぼろぼろの体を決して言い訳にせず、誰よりもマウンドに立ち続けることに誇りを持った背番号「15」の記憶は、右腕・野村祐輔ら若きチームメートの心にも、しっかりと刻まれたはずだ。

(常広文太)

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