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マラソン野口の師、メダリスト育成へ立つ

アテネ五輪女子マラソン金メダルの野口みずきさんを長年指導してきた広瀬永和(ひさかず)氏(51)が6月、2017年4月に創部する岩谷産業陸上競技部(女子チーム)の監督に就任した。野口さんに続く未来のメダリスト発掘へ全国を飛び回っている。

新チーム監督就任の打診に奮い立つ

岩谷産業陸上競技部の広瀬監督

リオデジャネイロ五輪代表の座を逃した野口さんが4月、現役を退くことを表明。一緒に所属先を変えながら19年間指導してきた弟子の引退とともに、自身も指導者人生に一区切り付けるつもりだった。そこへ舞い込んだのが新チームの指揮官就任の打診。がぜん奮い立った。「既存のチームへの移籍だったら考えていたと思う。新たに立ち上げるということだったので、興味があった。最初から自分の思いで陸上をできるのが一番大きかった」

現在は部員集めのため全国を飛び回っている。来春入社する選手のスカウト活動はほぼ終わっており、探しているのは18年春入社の選手たち。来春は4人が入社予定で、最終的には総勢10~12人の所帯にする考えだ。

兵庫県出身。立命館大を出てワコールに入り、すぐに女子陸上競技部のコーチに就いた。大学を出て早々に現役を退いたのは、選手としては「実業団で走るようなレベルではなかったので」。本来、教員志望だったものの、当時は狭き門で望み薄。そこで陸上の指導者に狙いを切り替えた。「世界で戦える選手をつくりたいというのがあった。(現役時代に)自分ができなかったことを託す、ということをしたかった」

託すべき選手が現れたのは運命といえるだろう。1996年、三重・宇治山田商業高3年だった野口さんがワコールの採用試験を受けにきた。練習グラウンドで走らせてみると「ジョッグがめちゃくちゃ速かった」。あまりの速さに、横に付いて「いつもこんなに速いペースで走っているの」と聞くと、野口さんはぜーぜー言いながら「は、はいっ」。

後で聞いたところ、ジョッグも試験の一部と思い、あえて普段以上に飛ばしたという。見上げた根性と関心しつつも、五輪の金メダリストになる素材だとは夢にも思わなかった。まだ全盛期のダイナミックなストライド走法の片りんも見せておらず「筋力が弱く、べたべたと走っていた」(広瀬氏)。翌97年に入部した7人の中で、3000メートルのタイムは2番目に遅かったという。

野口さんは99年の犬山ハーフマラソンで優勝。広瀬氏が「走り方が下手だし、全然スピードがない」と分析したトラックとは対照的な走りを見て「この子は長い距離に向いている」と直感した。この経験はスカウト活動に生きていて、選手を1回や2回見ただけで種目の向き不向きを決めることはない。「見て、会って、話をして。それを何回か繰り返さないとわからないから」

選手の長所を最大限伸ばす手腕

岩谷産業陸上競技部は大阪府箕面市を拠点とする。当面は選手とコーチの採用活動に力を入れ、全日本実業団対抗女子駅伝については「早くて6年後くらいに優勝争いができれば」と青写真を描く。

マラソンの五輪メダリストの育成も考えている。広瀬監督によると、野口さんは「スピードの部分で才能がなかった。でも、その分、誰にも負けない練習量でカバーできたからメダルを取るところまでいけたと思う」。選手の長所を最大限伸ばす手腕は、日本マラソン陣の低迷打開の切り札になる可能性を秘めている。

(合六謙二)

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