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とり過ぎ防ぐ「スマート漁業」 海のIoTで実現

到来、無人船時代(下)

日経テクノロジーオンライン

英Rolls-Royce Holdingsなどが研究開発を進める、自律航行をする無人船が示す"真のインパクト"は、海上ブロードバンド環境の整備をきっかけに始まる「全地球IoT網」にある(前編参照)。海上におけるIoT(モノのインターネット化)ビジネスに異業種の参入を促進する国際標準化の動きや、海を舞台にイノベーションの創出を目指して様々な産業で進む技術開発の動向を紹介する。

海上でのIoT活用によって「全地球IoT網」を具現化する動きは、これまで想像できなかったスピードで進む可能性を秘めている。この分野のおけるこれからの主役は、海運や漁業といった関連ビジネスをこれまで手掛けてきた企業から、IT(情報技術)企業やエレクトロニクスメーカーのような、海とは縁のなかった異業種企業に移っていく可能性すらあるだろう。

こうした状況が進む理由は大きく2つある。

まず、インターネットを活用したクラウドサービスやWebサービス、スマートフォン(スマホ)といった、陸上で確立したIT関連の技術基盤をすぐに活用できること。海上の高速ブロードバンド環境がある程度整えば、一気にビジネスを加速できる状況にある。

そして、海上で得られる情報をいち早く囲い込んだ企業がビジネスを有利に進められる可能性が高いことも大きい。IoT環境の整備が進むことによって、ネット検索やソーシャルメディア、オンラインショッピングといった一般的なWebサービスに見られるビジネスのダイナミクスが海上のビジネスに持ち込まれるだろう。自動運転車の分野で米Google(グーグル)が大きな存在感を示していることは象徴的で、同様の状況が海に関連したビジネスで起きてもおかしくはない。

「船舶に関連したビジネスは、IT企業にとっては宝の山だ。特に物流の観点では、IT企業の持つAI(人工知能)やビッグデータ解析技術を応用することで船を利用する顧客が喜ぶサービスを創出できる。そのための情報を囲い込む競争がこれから始まる」と、東京大学名誉教授で船舶工学や社会システム・流通システムに詳しい宮田秀明氏(現・社会システムデザイン 社長)は見る。

異分野の技術が活躍

船舶向けのクラウドサービスの開発プロジェクトを手掛ける富士通研究所の阿南泰三氏(左)と樋口博之氏

こうした流れの中で、海上のIoT環境に商機を見出し、参入を目指すIT企業もある。富士通研究所は、2016年度中にも富士通のクラウド基盤を活用し、独自開発した解析技術を用いた船舶向けクラウドサービスの提供を始めたい考えだ。

この技術は、船舶の運航データを気象・海象情報と組み合わせて、船速や燃料消費量といった船舶性能が周辺の波風の状況によってどれだけ影響を受けるかを解析するもの。この解析結果を用いて燃料消費量の少ない運航ルートを提案したり、造船会社に船舶設計に役立つデータを提供したりできる。東京海洋大学と共同で行った実証実験の結果では、実海域における燃料消費や速度などの船舶性能を誤差5%以下と高い精度で推定できたという。

興味深いのは、この技術が全く海とは関係のない分野の技術開発の蓄積から生まれたことだ。富士通研究所は今回、かねて人口推計の分野に向けて研究開発を進めてきた高次元データの統計解析技術を船舶向けに応用した。

高次元統計解析技術は、自然現象のような多数のパラメーターから成る複雑な事象を、少ないサンプル数のデータからモデル化する手法だ。富士通研究所は、この手法を世帯主の年齢や収入、世帯人員数といった多数のパラメーターから成るデータと組み合わせ、人口の推計に応用してきた。今回は、多次元解析という共通点を見出して船舶性能の推定に応用した。

つまり、これまでの技術開発の蓄積がひょんなことから海上IoT分野に応用できたわけだ。この開発プロジェクトを手掛ける富士通研究所 応用研究センター ソーシャルイノベーション研究所 イノベーションディレクターの阿南泰三氏は、「このプロジェクトは、情報通信技術を使ってイノベーションを起こせるような新しい分野を探していたことから始まった。これから通信環境が向上する船舶の世界は、まさにAIやビッグデータ解析技術を応用できる場だと考えている。海運会社や造船会社と対話しながら、ビジネスの形を模索していく」と語る。

"誰でも使える"ための標準化

IT業界をはじめとする異業種企業が海に関連したビジネスに参入する際に追い風となる技術開発が、ここにきて活発になっている。海上で得られたデータを多くの企業が共有することを目指す国際標準化の取り組みが、それだ。

船上では、既にGPS(全地球測位システム)やセンサー、計測装置を用いて、位置情報、波風、エンジンの燃料消費量や圧力・温度など多種多様なデータが計測されている。だが、これまでは船内装置の開発企業ごとにデータの形式や蓄積方法が異なっていた。「同一船内の機器であっても、データを一元管理することが難しい」とまで言われるほどだったのだ。このため、業界の外で活動する企業が新たに参入するハードルは極めて高かった。この状況が大きく変わろうとしている。

船舶ビッグデータに関するISOの標準規格案。船内でデータを収集するサーバーの仕様とデータ形式を標準化する。(画像:新スマートナビゲーションシステム研究会(日本舶用工業会))

例えば、国際標準化機構(ISO)が現在策定中の船舶ビッグデータに関連する標準規格は代表的な例の1つだ。船内のシステムや、海上で得られるデータ形式の標準仕様を定めることで、様々な企業がデータを活用しやすくすることが狙いである。

既に標準化作業は最終局面を迎えており、2017年3~8月に行われる国際規格案(DIS)への投票後に最終国際規格案(FDIS)として仕様がほぼ固まる見込みで、実際の製品化にゴーサインが出る。

標準規格は2つある。第1に、船内に設置するデータサーバーの仕様を定めた「ISO19847」。これは、センサーで計測したデータなどをデータベースに入出力するために必要な機能や、データ管理方法などを定義している。例えば、船内の各種機器からデータを収集した時刻の記述ルールを統一することで、異なる機器間のデータの関係を解析しやすくなる。

第2に各種データを一元管理するためのデータ形式を定めた「ISO19848」である。船舶で取得した各種データのヘッダー部分に記述する、船舶の固有IDやデータの分類などの標準仕様を定めている。ヘッダー部分の記述の仕様を統一することで、異なる船舶の異なるデータを同じ基準で扱えるようになる。

特に後者の「ISO19848」は、これまで海運企業や業界団体ごとに別々だった様々なデータ形式を包含することを想定している点が特徴だ。これによって、従来のデータを用いたまま新しい標準仕様へとスムーズに移行できるようにする狙いである。海上で得られる多種多様なデータを同一の基準で活用できる標準プラットフォームが生まれれば、IT業界などによる参入障壁がぐっと低くなる。多くの船で得たデータを同一の枠組みで扱う汎用性の高いシステムを構築しやすくなるからだ。

2件の国際標準は、日本の造船会社や舶用機器メーカーなどが組織する日本舶用工業会が策定を推進している。標準化作業に携わる寺崎電気産業の諸野普氏(システム事業 マーケティング部 シニアアドバイザー)は、「標準化で異業種が参入しやすくなれば、業界外の多様なノウハウが入ってくる。海事産業全体が大きく変わるだろう」と期待を寄せる。

日本舶用工業会でISOの標準化作業に携わる寺崎電気産業の諸野普氏。2016年7月に日本舶用工業会が開催した「舶用技術フォーラム」で講演した

国内では、2件の標準規格に対応することを前提としたデータセンターの稼働も始まった。日本海事協会(ClassNK)の子会社であるシップデータセンターが2016年4月に運用を始めた「シップデータセンター」である。現時点での利用企業は造船所や舶用機器メーカー、研究機関などを想定しているが、将来的にはより消費者に近い利用企業に対するデータの小売りを実現する可能性があるという。

シップデータセンター代表取締役社長の永留隆司氏は「船主や運航会社の枠を越えてデータを集約し、誰もがデータにアクセスできる基盤を整えながら、業界へのデータ活用の啓発を進めていきたい」と話す。

シップデータセンターの運用イメージ。多数の船舶から収集したデータをISO標準規格に沿って蓄積し、海運や造船会社などに提供する。(画像:シップデータセンター(日本海事協会))

顧客と貨物の距離感縮める

こうした技術面の整備が、海の上のビジネスに様々な業界の企業が参入することを活性化する。前編で紹介した海上物流システムの新サービスや効率化の取り組みは、代表的な例だ。宅配便で当たり前となっている荷物の追跡サービスを一般消費者向けに海上でも実現する取り組みや、陸上輸送から海上輸送までのスケジュールを一気通貫で全体最適化する企業向けのサービスなどである。

世界では、10万隻を超える商船が海上を運航している。この大量の船舶は、食品や機械、原油、天然ガス、鉄鉱石など実に多様な積荷を載せているが、これまで海上を動く膨大な数量のモノの様子は陸上からはほとんど把握できていなかった。それを可視化できるインパクトは大きい。

海上物流の新サービスを実現する技術は、必ずしも目新しいものである必要はない。海上の厳しい自然環境や、長期間にわたって簡単にはメンテナンスできない特殊な利用環境への対応は必要になるものの、既に陸上の荷物管理システムやトレーサビリティーシステムなどで用いている技術を応用可能だ。GPSや温度センサー、湿度センサーのように海上での利用実績がある計測装置も多い。

前編で紹介した海上で利用できるブロードバンド環境の整備によって、船上で取得したデータはいずれ陸上のクラウドサービスへとリアルタイムに送信できるようになっていくだろう。今後、海上ブローバンドがさらに高速で低価格になれば、船上に設置した定点カメラを用いて高解像度の動画や写真のような大容量データをリアルタイムに陸上のシステムに送信することも可能になっていく。

例えば、積み荷として乗せた高額な美術品の様子を動画で撮影し、購入者が常にWebサイトで状況を確認できるようなサービスは分かりやすい。動画で撮影した積荷の果物の色や糖度計の測定結果をリアルタイムに陸上で把握できれば、港から市場に陸送で到着する日時から逆算して糖度が最適になるように船上コンテナ内の温度を管理できるようになるかもしれない。

こうした海上におけるモノの管理に関するIoT環境の整備は、海運会社にとってトレーサビリティーによる物流の透明性確保や、物流の効率化を図る取り組みに活用できると同時に、顧客満足度を高めることにつながる可能性が高い。ある程度安価に利用できれば、オンラインショッピングやネットオークションの事業者が自社サービスのユーザー体験の向上を目的に導入しても不思議ではない。

水中の可視化でとり過ぎ防ぐ

船上に設置できるカメラやセンサーが充実し、IoT環境の整備が進むと、海で起きていることを多くの人々が容易に把握できる環境が生まれる。これは物流システムだけではなく、さらに別の分野でも新しい応用分野を切り開くことになる。

例えば、漁業のスマート化、いわゆる「スマート漁業」だ。インターネット環境を利用して船上で飲食店からの注文を受け付け、確実に需要のある魚を必要な量だけとるというようなモデルである。漁師の経験と勘に頼った「出漁してみなければ、漁獲量が分からない」から脱却し、より効率的な漁が可能になるとの見方は強い。

いずれは、多くの漁船が連携して各船に載せた魚群探知機の情報を一元管理する取り組みが実現するかもれない。グローバルな魚の分布を可視化することで効率的な漁を可能にするわけだ。

実際、IoT関連サービスを手掛ける米国のスタートアップ企業、EverySenseは、IoTで漁業の生産性を向上するための研究開発に取り組んでいる。無線LAN(Wi-Fi)や衛星通信で魚群探知機を通信ネットワークでつなぎ、船団内で情報を共有できるようにする。これを漁の効率化につなげる狙いだ。さらに同社は、海上にいる船舶や観測衛星が収集する水温や水質、潮流といった情報を関連事業者が共有することで、漁場の情報を可視化できるようなプラットフォームを構築していく考えだ。

国内でも、東日本大震災からの復興事業などを手掛ける東松島みらいとし機構は、KDDI総合研究所や早稲田大学などと共同で、海上のブイにカメラを取り付け、それを漁業に活用するための技術を開発している。水中の画像データや海洋気象データ、実際の漁獲量を解析し、翌日の漁獲量を予測することを目指している。この漁獲量予測を飲食店などに提供し、需要のある魚を産地直送で販売するビジネスにつなげていく考えだ。

スマート漁業の実現は漁の非効率性を解消するだけではなく、魚の乱獲防止という環境保護の観点でも大きな役割を果たす。近年、適切な漁獲量を守り、環境に配慮した漁業者を認証する取り組みが国際的に活発になっていることが背景にある。

例えば、海洋管理協議会(Marine Stewardship Council、MSC)の「MSCマーク」は代表例だ。MSCマークは「海のエコラベル」と呼ばれ、持続可能な将来にわたる水産資源の維持を目的にした取り組みである。実は、2012年のロンドン五輪から、五輪大会ではMSCの認証を受けた水産物のみを選手村などで提供している。2020年の東京五輪でもMSCマークの取得が必須となれば、IoTによるスマート漁業がブランド力の強化で大きく効力を発揮するだろう。

海洋調査の専用船が不要に

海底資源探査や海底地形観測の現場でも、海上のIoT環境の整備が効力を発揮する。海の底には、様々な価値ある情報が眠っている。日本近海で多数発見されているレアメタルメタンハイドレートなどの資源の分布や、多発する地震の兆候を示す地殻変動などだ。

ただ、従来は調査時に収集したデータを陸上に持ってきてから解析する流れが一般的だったため、解析結果を得るまでに時間が掛かることが課題になっていた。研究者が調査時のために長期間を海上で過ごすことも一般的で、それによってかかる経費や、特殊な環境下での生活による負担が課題だった。調査船と陸との間でリアルタイムにデータのやり取りができれば、この状況が大きく変わる。研究者は陸にいながら海中の動画を見たり、無人探査機を操作したりできるようになる。既に、このような環境の実現を目指したIoT技術の研究開発が始まっている。

情報通信研究機構(NICT)は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)などと連携し、高速衛星通信を用いて海洋資源調査の効率化を目指す研究に取り組んでいる。この研究は、内閣府が2014年に始めた研究プロジェクト「海のジパング計画」の一環だ。海中に潜水して海底の様子を詳細に調べる自律型無人探査機(AUV)の情報を、陸の調査拠点と高速にやり取りするための技術確立を目指す。具体的には、AUVと陸との情報通信を仲介する洋上中継器(ASV)に搭載する高速な衛星通信装置を開発する。

海底地形観測の分野では、観測のための専用船すら不要にするような技術の研究が始まっている。

高知県室戸岬沖に設置したGPS津波計。東京大学地震研究所が日立造船や港湾空港技術研究所などと共同で開発した(写真:東京大学地震研究所 加藤照之教授提供)

東京大学地震研究所は、名古屋大学や高知工業高専、NICTなどと共同で、GPSと音響測距システムを搭載するブイで海底の地殻変動を観測するための基礎研究を開始した。これは、海面変位を計測して津波を検知する「GPS津波計」と呼ばれるブイを活用するもの。目標は、観測した海底地形などの情報を、衛星通信を用いて高速に陸へリアルタイムに送信することだ。このブイを海岸から数十~数百km離れた洋上に数多く配置することで、広域で継続的に調査できる観測ネットワークの構築を目指す。

いずれは専用観測船ではなく、一般商船などがモノや人を運ぶ途中で、これらの情報を観測し、リアルタイムに陸と共有する時代が来るかもしれない。これが実現すれば、データの観測点はかなり大幅に増える。商船側が観測に協力するインセンティブを用意する必要はあるが、これまで以上に柔軟で効率的な調査が具現化する可能性を秘めている。

社会システムの大きな変革を伴う

もちろん、全地球IoT網の実現には課題も多い。インターネットをほとんど使っていないところに新たに導入する取り組みは、社会システムの大きな変革を伴う可能性が高いからだ。

例えば、セキュリティー対策は最も分かりやすい例だ。船舶の運航にかかわる情報は、海賊やテロリストのような悪意ある人々にとっても有用である可能性が高い。前編で紹介した英Rolls-Royce Holdingsの自律航行船のような例では、運航システムのハッキングによる乗っ取り(シージャック)の懸念もある。

さらに、データを提供する船の運用者と、データを活用する企業が多対多で存在する産業構造が広がると、データの所有権をどう扱うかも課題として浮上してくるだろう。これを解決するには、海運関連のビジネスモデル全体が大きく変革することを想定した取り組みが必要だ。

ただし、ビジネス上の利点が目に見える形で現れてくれば、これらの課題は急速に解決する方向に向かっていきそうだ。インターネットの普及が進んだこの20年間でITが様々な産業に変革を迫ったのと同じように。陸上の様々な産業界で起きたIT革命は、海の上でも例外なく起こっていくだろう。

(日経テクノロジーオンライン 内山育海)

[日経テクノロジーオンライン2016年10月24日号の記事を再構成]

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