「スマートスタジアム」米国で最強争いが激化
渡辺史敏 ジャーナリスト
スタジアムをIT(情報技術)武装する「スマートスタジアム化」によって、訪問するファンに異次元の体験を提供しよう――。スマートスタジアムが世界的な潮流となるなか、現在、その代名詞的な存在となっているのが、米シリコンバレーのど真ん中、カリフォルニア州サンタクララに位置する「Levi's Stadium(リーバイス・スタジアム)」である。

2016年2月、プロアメリカンフットボールNFLの優勝決定戦「第50回スーパーボウル」が開催されたリーバイス・スタジアムには、総延長400マイル(約644km)のデータケーブルや1200基のWi-Fiアクセスポイントが実装されている。まさに世界トップクラスの通信環境と、それをベースにしたスマートフォン(スマホ)向けのサービスを提供している。
しかし、米国では今、「打倒リーバイス・スタジアム」とばかりに、先進のスタジアムを建設もしくは計画する動きが複数登場している。
1300基のWi-Fiアクセスポイント
最初に紹介するのは、2016年7月にオープンした「U.S.バンク・スタジアム」だ。ミネソタ州ミネアポリスのダウンタウンにあるこのスタジアムは、NFLのミネソタ・バイキングスの本拠地。寒冷地に位置するために屋内型で、幾何学的なデザインと外光を取り込むガラスパネルが多用された外壁が特徴となっている。

6万6200人を収容できるが、2018年に開催が決定している第52回スーパーボウルでは7万3000人に拡張予定という大型スタジアムだ。建設費は約10億ドル(約1010億円)で、うちテクノロジー関連に6000万ドル(約60億6000万円)がつぎ込まれた。
約37×21mを筆頭に、複数の大型スクリーンがスタジアム内外に設置されるなど目を引く設備が多いが、なかでも力が入っているのはやはりネットワーク関連。Wi-Fiに関してはクラウドサービスなどを担う米CenturyLinkやWi-Fiを専門とする米AmpThinkがネットワークを構築している。
アクセスポイントの数はリーバイス・スタジアムの1200基を上回る1300基が設置されたという。設置場所はこれまで座席の下や天井部分が多かったが、今回はスタンド階段の手すりと一体化したパネル状のアクセスポイントも導入された。これによりバイキングスのホームゲームで約3万人の利用を想定しているが、テクノロジーを担当するチーム副社長は「理論的にはスタジアムの全6万6000人のファンがWi-Fiを利用できる」としている。
携帯電話に関してもリーバイス・スタジアムと同様に米ベライゾン・コミュニケーションズがDAS (Distributed Antenna Systems) と呼ばれる分散アンテナシステムを導入しているため、快適に携帯電話を利用できる。このDASは米AT&Tや米Sprintといった他のキャリアに対しても有効だという。
また、Bluetooth(ブルートゥース)のビーコンもリーバイス・スタジアムの1200基を上回る2000基がスタジアムの内外に設置されている。

専用スマホアプリでサービス提供
こうしたネットワークを利用して提供されているのが、スタジアム専用アプリを使ったサービスだ。
アプリでは自分がスタジアムのどこにいて、座席までどう行けばいいのかといった経路案内、飲食物やグッズをオーダーして座席までデリバリーしてもらうサービスなどを提供している。さらに「Kezer」と呼ばれるキオスクにチケットのQRコードをかざすことでスタジアムに入場できるといったサービスが行われている。
ビーコンによってトイレが満員になったり、清掃が必要と判断されると、係員を送るといった機能も導入されるという。
興味深いのはこのアプリサービスを運営しているのがサンタクララを拠点とするベンチャー企業、VenueNextである点だ。同社の最初の事業はリーバイス・スタジアムでのアプリサービスだった。その後、こうしたアプリサービスの需要の高まりを受け、現在までにNFLのダラス・カウボーイズの本拠地である「AT&Tスタジアム」やメジャーリーグ・ベースボール(MLB)のニューヨーク・ヤンキースの「ヤンキー・スタジアム」などと契約するなど事業規模を拡大している。さらに、スポーツ以外にもテーマパークなどへの展開も視野に入れている。
実際、米国ではこうしたエンタテインメント施設、イベントでのアプリ導入は大きなトレンドとなっており、企業間で契約獲得競争が起きている。
実効速度は最高200Mbps
もちろんスマートスタジアム化の動きが活発なのは、NFLだけではない。MLBのアトランタ・ブレーブスは現在建設中の新スタジアムを「全米で最も技術的に進んだスタジアムにする」と息巻いている。
その新スタジアム「サントラスト・パーク」は、アトランタ郊外のカンバーランドで2017年2月のオープンを目指して現在建設中である。4万1500人収容の屋外型野球専用スタジアムで、ホテルやレストラン、マンションなども入る複合施設である点が特徴だ。

スタジアム内のWi-Fiアクセスポイントの数は、リーバイス・スタジアムやU.S.バンク・スタジアムより収容規模が一段小さいこともあって、施設全体で700基以上となっている。しかし、導入される有線ネットワークは、回線速度100Gビット/秒(bps)が2回線予定されている。これはリーバイス・スタジアムの40Gbpsを大きく上回る。
運営を担当するのはケーブルテレビ事業者の米Comcastで、同社によれば実効速度は20Mbpsから200Mbpsに達する、とのことだ。
ネットワークの利用目的だが、ファン向けはもちろん、チーム内、さらに傘下のマイナーリーグチームとのコミュニケーションやデータ交換、共有が重要な部分を占めるという。アトランタ・ブレーブスは7つものマイナーチームを抱える。選手を段階的に育成するMLBらしいチーム事情だと言えよう。
このほかにも、米国では建設中のスタジアムはもちろん、既存のスタジアムでもネットワーク設備、アプリサービスの強化を図っているチームは多い。スマートスタジアムを巡る競争は、今後激しさを増しそうだ。
一方、日本ではスマートスタジアム化は米国の後じんを排しているのが現状だ。しかし、政府が2016年6月に閣議決定した「日本再興戦略2016」では、スポーツ産業を成長産業と位置づけ、市場規模を2015年の5.5兆円から2025年に15兆円へ拡大する数値目標を掲げた。なかでも、成長の柱としているのが「スタジアム・アリーナ改革」。2015年に2.1兆円の市場規模を、2025年には3.8兆円への拡大を目指す。こうしたなか、国内でも「スマートスタジアム化」の機運が急速に高まるのは間違いないだろう。
[スポーツイノベイターズOnline 2016年10月21日付の記事を再構成]