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「おまえが必要」 監督に求められるひと言

 プロ野球の中日や西武で広角に打ち分けるアベレージヒッターとして活躍し、楽天の監督も務めた田尾安志氏(62)に球界の様々な出来事についてつづってもらう「球場が呼んでいる」の連載を始めます。セ・パ両リーグでプレーした豊富な経験を基に選手や首脳陣の心理に迫り、グラウンド外の話題も広く取り上げていきます。独自の視点からの野球論にご期待ください。

監督が代わったチームは選手の心の内に様々な変化が起こる。それまで出番が少なかった若手は「この監督なら使ってもらえるかもしれない」と色めき立ち、レギュラー陣はおちおちとしていられなくなる。今年、阪神で指揮を執り始めた金本知憲監督はシーズン序盤に多くの若手を起用した。一気に出場機会が増えた選手たちは「やっぱり使ってくれた」と意気に感じたことだろう。

阪神の先発メンバーはなかなか固定されなかった=共同

若手起用には忍耐欠かせず

次々と出てくる若虎がチームに活気をもたらし、これは面白い野球をするなと思った。久々に阪神を優勝候補に挙げた私の予想が当たるかもしれない、とも。ただし、期待が失望に変わるのにそう時間はかからなかった。

試した若手の中から「これは」という選手をレギュラーに据え、チームに落ち着きを与える5月や6月になっても、なかなかスターティングメンバーを固定しない。初めはかき回しつつ、だんだん落ち着かせていくところを「いつまでかき回しているの」という野球をやってしまった。今年は横田慎太郎に板山祐太郎、原口文仁と多くの若手野手が出たが、結局1年を通じて出たといえるのは北條史也と新人の高山俊くらいだった。

あまねく出番を与えても、試合数が増えなければプレー面で支障を来す。何度か外野手同士で交錯して飛球を落とす場面が見られたのは、その典型だ。慣れていない若手は、遠くに上がった打球にもつい「自分が捕る」と力が入り、他の外野手のテリトリーにまで突っ込む。そこで衝突が起きて失策につながったのは必然だった。

田尾安志氏

近年、阪神はフリーエージェント(FA)となった大物を次々に獲得し、若手を育てずともある程度は勝てる状況にあった。金本監督がいつまでも若手を取っかえ引っかえしたのは、長年にわたってチームに染みついた、若手へのこらえ性の無さにも原因があるのではないか。半人前だった菊池涼介や丸佳浩、鈴木誠也らを根気強く使って大成させ、25年ぶりのリーグ制覇を果たした広島とは対照的だった。

阪神で支配下登録された野手35人のうち、今年1軍の試合に出た選手は31人。これほどまでに起用する姿勢は「今年は若手を育てているので、勝てなくても我慢してください」と言っているようで、さみしかった。

私が現役の頃、就任したばかりのある監督が秋のファン感謝デーで「今の我がチームは過渡期にある。若手を育てる時期なので我慢してください」と話したのを聞いて「これはだめだ」と思った。ならばベテランはどうなるのか。レギュラー取りに燃える中堅選手はどうするのか。そのコメントは「もう若手に切り替えよう」という意識を映していて、中堅より上の選手を戦力とみなしていないかのようだった。

今年の阪神が過渡期にあるとみたのか、ある解説者が、優勝できるようになるには「あと3年はかかる」という話をしていた。冗談ではない。私が監督を務め、選手を寄せ集めて臨んだ創設1年目の楽天ならいざ知らず、阪神は今年で創設から81年。昨年までの和田豊前監督らは何もしていなかったというのか。その場にいたら「何十年の歴史があると思っているんだ」と突っ込んでいただろう。

今年の鳥谷は7番や8番を打つことが多かった=共同

入れ代わり立ち代わり若手が出てきた一方、すっかり影が薄くなったのが鳥谷敬だ。球界屈指の選球眼の持ち主が簡単に見逃し三振に倒れたり、さほど難しくない飛球を落としたりと、攻守で精彩を欠いた。

相手選手の盗塁を刺そうとして捕手からのノーバウンドの送球を落としたときには「目が悪いのではないか」と思った。年齢を重ねると目に影響が出るもの。私も30代の頃、打球がよく見えなかったことが1度あった。

阪神で右翼を守っていた私のところに、大洋(現DeNA)のポンセが飛球を打ち上げた。当初は、打った直後にバウンドして「セカンドゴロかな」と思った打球。それがぐんぐん伸びてきたものだから「これは目がおかしいな」と思い、それからはコンタクトレンズを使うようにした。はたして鳥谷はどうだったのか。

戦力として見てくれているかどうか

今年の鳥谷は7番や8番を打つことが多かった。不動の3番だった打者が下位に座り続けることに戸惑いを覚えたファンは多かったかもしれない。ただ、主力といえども、結果が伴わなければ上位から外れるのは何らおかしいことではない。問題は、下位に回るときに監督なり打撃コーチが選手としっかりコミュニケーションを取っているかどうか。8番に下げても「おまえが絶対必要なんだ」と思ってもらうことが肝要になる。

1991年の5月だったか、阪神にいた私は中村勝広監督から「2軍に行ってくれ」と言われた。私よりも成績が良くない選手がいた中での通告に「外様には言いやすいのかな」といぶかった。中日でプロ生活を始めて西武に移り、阪神は3球団目。当時37歳だった。

「監督の思い通りの野球、やってください。僕、いつでもやめていいですから」と言うと、中村さんは驚いた顔で「おまえ、それでいいのか」。そのとき、「この人はもう俺を戦力として見ていないな」と直感した。私が監督で、田尾という選手を必要としているのであれば「代打の1打席でおまえが欲しいから、2軍でもう一度調整してきてくれ」と言う。そういうコメントが一切なく「それでいいのか」としか言われなかったので、その場で「やめます」と告げた。実際、その年限りで現役を引退した。

戦力として見てくれているか、そうでないか。首脳陣の見方一つで選手のやる気は大きく変わる。8番を打とうが、代打要員だろうが「絶対おまえが要るんだ」という思いが伝われば、選手は必死にバットを振る。

阪神などクライマックスシリーズに駒を進められずに今季を終えたチームは既に来季に目を向けている。「俺は必要とされている」と目を輝かせる選手がどれだけいるかが、ペナント奪取への大きな鍵になる。

(野球評論家)

 たお・やすし 1954年1月8日生まれ、大阪市出身。大阪・泉尾高、同志社大を経て76年にドラフト1位で中日に入団、打率2割7分7厘で新人王に輝く。81年から4年連続で打率3割をマーク、82年は3割5分を打ちながら1厘差で首位打者を逃した。85年に西武に移籍し、86年に日本一を経験。87年に阪神に移り、91年に引退した。プロ16年で1560安打、打率2割8分8厘。2005年に創設1年目の楽天の監督を務めた。

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