クラブに四半世紀、特別な思い 鹿島監督・石井正忠(上)

2016/10/9 6:32
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「どうしてああなってしまったのか自分でもわからないんです。不思議でならない」。8月26日、鹿島を率いる石井正忠(49)の精神が瓦解した。涙を抑えられず、「もう監督を続けられない」と強化部長の鈴木満に訴えた。「クラブハウスに足を運ぶのが怖くなってしまって……」

四半世紀の間、選手、コーチ、監督として鹿島に在籍する石井にはクラブへの特別な思いがある

四半世紀の間、選手、コーチ、監督として鹿島に在籍する石井にはクラブへの特別な思いがある

昨季途中に就任し、ナビスコカップで優勝。今季は第1ステージを制した。だが、7月中旬になってつまずくと、選手間の口論が多くなった。湘南戦で交代を命じられたFW金崎夢生の反抗的な態度が変に注目されもした。「チームの一体感がなくなっていると思い、自信を失った」

「優しい」指導者が背負う心労と責任

心労により、同27日の横浜M戦は休養。前兆なしに崩れた石井の姿に周囲は衝撃を受け、最悪の事態も想定した。しかし、翌28日の晩、電話を入れた鈴木に「続投したい」と伝え、30日、現場に復帰した。

休養中、他クラブの指導者から数々のメッセージが届いた。それは人柄のいい石井ならではだが、実は「励ましというより『逃げるな』という言葉が多かった」という。プロの監督がいかに孤独であるかを知る同業者の声が心に響いた。様々な圧力と戦っているのは自分だけではない。そこに気づいたとき、逃避を試みた自分が許せなくなったのだろう。

精神の激しい落ち込み、そして急激な回復。どちらも責任感に起因する。四半世紀の間、選手、コーチ、監督として鹿島に在籍する石井にはクラブへの特別な思いがある。「これまでずっとそうしてきたように、このクラブのために戦っていかなければならない」

現役時代のJリーグ出場試合数は95。「監督にふさわしいOBがたくさんいるのに、100試合にも達していない僕がこうしているのは申し訳ない」。さらりとそう言われて、うなずきそうになってしまうのは、石井がギラギラとしていないからだ。決して自分を大きく見せようとはしない。それが人に愛されるゆえんだろう。

主にジーコを守備面で補佐し、黒子に徹したMFとしての過去、17年にわたるコーチとしての過去が「選手を後ろから支え、気持ちよくプレーさせる」指導スタイルの基盤にある。約束事で選手を束縛した前監督のトニーニョ・セレーゾの後を受けると、縛りを解いて選手の意思を尊重し、成功につなげた。

だが、今夏以降、監督が一歩、引いていることがチームの混迷を生んだ。「監督が前に立って方向性を明確に示さなければいけない」と鈴木は繰り返した。その要求を受け、石井は指導の姿勢を改めようと努めている。選手に対する言葉遣い、声のトーンを変え始めた。

しかし、何とも優しさをたたえる石井の本質は変えようがない。人間とはそういうものだろう。たとえ変容が可能なのだとしても、石井が人として変わる必要などないのではないか。そんなことは誰も望んでいない。(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊10月3日掲載〕

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