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サッカーW杯最終予選、アジアの戦いは甘くない

2018年にロシアで開かれるサッカーのワールドカップ(W杯)出場を懸けたアジア最終予選が9月1日から始まる。6大会連続出場を目指す日本の周囲には「出ること自体は当たり前」みたいな空気が漂っているらしい。W杯予選を監督として2度戦った経験からいわせてもらうと、アジアの戦いはそんな甘いものではない。

過去の予選、何度も薄氷踏む思い

日本代表の(左から)香川、本田、岡崎。過去の予選もすいすい勝ち上がったことはない=共同

組分けを見れば、イランや韓国と違うグループになったのはよかったといえる。かといって、日本が属するオーストラリアやサウジアラビアがいるB組も決して簡単ではない。過去の予選を振り返っても日本がすいすいと勝ち抜いたことなど一度もないだろう。世界各地の予選の中で「最速」で本大会出場を決めたりするから破竹の進撃のような印象を与えるけれど、当事者にすれば、薄氷を踏む思いを何度もしているものだ。

例えば、06年ドイツ大会を戦ったジーコも最終予選の初戦で「あわや」という思いをした。05年2月9日の北朝鮮戦(埼玉スタジアム)。開始4分で小笠原満男(鹿島)のゴールで先制しながら、61分に同点にされ、大黒将志(山形)の決勝点が決まったのは追加タイムに入った91分だった。次のアウェーのイラン戦で日本は1-2で敗れたから、このホームの初戦で引き分けていたらパニックになっていたかもしれない。

楽に勝ち抜いたように見えるザッケローニ(14年ブラジル大会監督)にも厳しい局面があった。最終予選のアウェーのオマーン戦は90分の岡崎慎司(レスター)の決勝ゴールで救われた。アウェーのヨルダン戦は落としたし、ホームのオーストラリア戦で本田圭佑(ACミラン)が同点PKを決めたのも試合終了直前だった。

「ここを落としたら結構やばいかも」という試合を際どく拾ったことなど、出場権を獲得してしまうと、人は忘れてしまうものらしい。

私の話をすれば、日本が初めてのW杯出場を決めた1998年フランス大会のアジア最終予選の際はいろいろなことを考える余裕はなかった。とにかく、勝つ確率を高めることにまい進したのだった。

小野の抜てき、「試合に勝つため」

本大会では当時18歳の小野伸二(札幌)を連れていった。それを「将来性を買って代表に入れた」と評する人がいたけれど、決してそういうことではなかった。当時の日本代表の攻撃の核は中田英寿で、その存在は、大会期間中にケガでもされたら穴埋め不可能なほど大きかった。もし、そういう事態になったらどうするかを考え抜いて、出した結論が「小野の天才に懸ける」ことだった。将来の投資というより、小野の抜てきも「目の前の試合に勝つ」ためにやったことだった。

2度目のW杯予選は余裕があった。1度目は最終予選のさなかに加茂周監督から急きょバトンを引き継いだが、2度目は予選を最初(3次)から戦えたのが大きかった。病に倒れたイビチャ・オシム監督から仕事を引き継いだ当初は、オシムさんが選んだ選手と戦い方を踏襲すればいいという程度に考えていた。

還暦を迎えてもまだまだ働けると幸せを感じている岡田氏

しかし、3次予選2戦目、2008年3月26日のアウェーのバーレーン戦に0-1で負けて考えが変わった。「これからは自分のやりたいようにやる」。まだ時間があったから、できた決断だったが、今から振り返っても本当によかったと思っている。あそこで腹をくくれていなかったらと思うと本当にぞっとするのだ。最終予選に入る前の段階でいろいろな選手や戦い方を試行錯誤することができたのは、結果的にチームをいい方向に向かわせてくれた。

戦う相手のレベルが格段に上がる最終予選に入ってから何かを変えるのは難しいしリスクも大きい。戦術でも人選でも何か新しいことにトライするのなら、最終予選より前のステージから始めておくべきだ。裏返せば、その段階をのほほんと過ごすと最終予選に大きなつけが回ってくるということ。

選手や戦術を変えるのも大変なのだから、最終予選の途上で監督を代えるのはもっと厳しいことになる。フランス大会予選さなかの悪い流れの中で、交代した私が何とか乗り切れたのは、加茂さんの下でコーチとしてずっとチームを見ていたことが大きかった。チームの状況についてだけは、その時点で誰よりも把握している自信があった。あの状況で日本の選手のこともチームのこともよく分からない監督を連れてきて、急にやれといっても、どうしようもなかったと思う。

本田ら主力、タフさが違う

今回の予選に臨む選手の顔ぶれを見て「新旧交代が進んでいない」と心配する人がいる。これは仕方ない面があると思う。現在の代表の顔である本田圭佑(ACミラン)や岡崎慎司(レスター)は私が代表に呼んだ選手たちだが、呼んだ私ですら彼らの成長には驚いているくらいなのである。

長谷部誠(フランクフルト)もそうだが、彼らに共通するのはフロンティア・スピリットだと思っている。今のようにある程度、日本の選手の評判が高まり、移籍しやすい環境が整った中で欧州に挑戦したわけではなかった。Jリーグでも決してスーパーな存在ではなかった。それでもドイツやオランダに渡り、自分で道を切り開き、土を耕し水をやって、自分を大きく育ててきた。そういう意味で後続の選手たちとはタフさが違うのだ。彼らを追い抜くのは簡単ではないのだ。

ハリルホジッチ監督にすれば、悩ましいところだろう。ずっと同じメンバーでやり続けるのはよさもあるが、それが閉塞感につながることもある。監督としては当然、新しい選手がほしいはず。そういう意味でも就任して最初の2年間は大事なのだ。

長期的視点に立った、新旧の入れ替えが上手だったのは加茂さんだった。代表監督に就任すると前任のファルカンが切ったベテラン選手を一度呼び戻し、そこからかんで含めるように選手を順次入れ替えていった。ハリルホジッチ監督の場合、新しいことに本腰を入れるのは本大会出場を決めた後になるのではないだろうか。

今治市で開かれたワークショップ型イベントには102人もの受講生が参加した

さて、前回の当欄でも紹介したので簡単なご報告を。8月26日から28日まで愛媛県今治市の交流センター「はーばりー」を拠点に開催した、ワークショップ型イベント「バリチャレンジユニバーシティ2016」は無事に終えることができた。102人もの受講生が自分で旅費を払ってわざわざ今治まで来て、地域活性化につながる複合型スタジアム構想についてのアイデアを練ってくれた。学長として参加した私も大いに感激した。

102人の内訳は大学生が68人、社会人が16人、高校生が18人。出身別に分けると愛媛県内と県外がほぼ同数。102人は15のチームに分かれ、2泊3日のディスカッションを重ねて、それぞれのグループが1万5千人規模のスタジアムを毎試合満員にするアイデアを発表してくれたけれど、時間が足りなくて、みんなほとんど徹夜で話し込んだみたいだった。

集まってくれた若い人にも、それぞれのグループに良き相談役として関わってくれたファシリテーターの方々にも、そしてパネルディスカッションに参加してくれた有識者の方々にも、心からのお礼を述べたいと思う。

若者たちの問題意識の高さを実感

ワークショップを通じて感じたのは若者たちの問題意識の高さだった。現状に対して「このままでいいのか」という疑心のようなものをきちんと持ち合わせているというか。年寄りは「近ごろの若い者は」というセリフをいにしえの時代から吐き続けているというけれど、心配なのはむしろ「近ごろの大人」の方かもしれない。

イベント開幕前日の25日は私の60歳の誕生日だった。いわゆる還暦という年齢に達したが、特別な感慨はないですね。会社で同期だった仲間はここで「定年」ということになるが、30代で会社を辞めてプロのコーチに転じた私には、そういう社会的な区切りが頭の中からすっ飛んでしまっている。ここにきて起こしたオーナー業という仕事もあり、クラブの信用や価値を高めるためにまだまだ働けるのは幸せなことだと思っている。

(FC今治オーナー、サッカー元日本代表監督)

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