五輪初の「金」 ブラジル代表に3つの意義
サッカージャーナリスト 沢田啓明
「カンぺオン・ボウトウ!」(チャンピオンが帰ってきたぞ!)。20日夜、ブラジルサッカーの「聖地」マラカナン競技場。サッカー男子決勝戦のPK戦でブラジルの5人目ネイマールがゴール右上へ蹴り込むと、数万人の地元観衆が飛び跳ねながら絶叫した。表彰式の後になってもこのチャントはスタジアムの通路にこだまし、観衆がスタジアムの外へ出てからも延々と続いた。本当は、彼らはこのフレーズを2年前にこのスタジアムで叫びたかったに違いないのだが……。
近年、国際大会で苦汁なめ続け

近年、ブラジル代表は国際大会で苦汁をなめ続けていた。A代表が最後にビッグタイトルを獲得したのは、ワールドカップ(W杯)なら2002年、南米選手権なら07年まで遡らなければならない。
決勝の相手は、14年W杯準決勝で1-7という歴史的惨敗を喫したドイツ。五輪は原則として23歳以下の大会ではあるが、因縁の相手を撃破して初の金メダル獲得となれば、より一層の値打ちがある。ブラジルが準決勝でホンジュラスに圧勝すると、その時点ではもう一つの準決勝がまだ始まってもいなかったにもかかわらず、スタンドの観衆は「ドイツ、(今度こそやっつけてやるから)待ってろよ!」と叫んだ。決勝でのリベンジを切望したのである。その思いは、選手たちも同様だったはずだ。
ただし、結果的に優勝したとはいえ、決勝の試合内容は「見事にリベンジを果たした」とは言い難い。
11分、ドイツのMFブラント(レバークーゼン)のミドルシュートがクロスバーをたたき、肝を冷やす。26分、ネイマール(バルセロナ)がFKをねじ込んで先制。しかし、その後はドイツに押し込まれ、33分にも右CKからのMFスベン・ベンダー(ドルトムント)のヘディングシュートがクロスバーを直撃する。
後半も、序盤はドイツが主導権を握る。59分、右サイドを突破し、右SBトルヤンからのクロスをMFマイヤーが右足で決めて同点。ブラジルは勝ち越し点を狙うが、ネイマール、ガブリエルバルボサ(サントス)、ガブリエルジェズス(パルメイラス)らがドリブル突破やパス交換を封じられ、逆にドイツの鋭いカウンターを浴びて最終ラインが辛うじて食い止めた場面が何度もあった。
若いドイツ選手の精神的たくましさ
延長に入ると、ブラジルはMFフェリペアンデルソン(ラツィオ)とMFラフィーニャ(バルセロナ)を投入して攻勢を増す。しかし、ドイツ守備陣が粘り強い対人マークと忠実なカバーリングでゴールを死守した。
巨大なスタジアムを埋め尽くした地元観衆の地鳴りのような大声援の中で、常に冷静にプレーする若いドイツ選手の精神的なたくましさは見事だった。
PK戦では、4人目まで互いに決めたが、ドイツの5人目ペーターセン(フライブルク)のキックをブラジルGKウェベルトン(アトレチコ・パラナエンセ)が止め、ブラジルはネイマールが落ち着いて決めた。
優勝したとはいえ、ブラジルにとって決して楽な大会ではなかった。
1次リーグの最初の2試合は、攻撃陣が厳しいマークを受けたこともあって、南アフリカとイラクにスコアレスドロー。トップ下で攻撃の組み立てを担ったフェリペアンデルソン(ラツィオ)が不調で、決定機があっても3トップ(右からガブリエルバルボサ、ガブリエルジェズス、ネイマール)のシュートが精度を欠いた。
ガブリエルジェズスは、南アフリカ戦の前日に移籍金3275万ユーロ(約37億円)でマンチェスター・シティー(イングランド)入りが決まった。ガブリエルバルボサも複数の欧州ビッグクラブから巨額のオファーを受けていた。このような状況が、ともにまだ19歳の2人の心理に微妙な影響を与えたのかもしれない。
ネイマール、リーダーの資質問われる

エース、ネイマールもとりわけイラク戦でミスを連発。スタンドから激しいブーイングを浴び、女子ブラジル代表でやはり背番号10を担うマルタの名前を連呼された。これは、痛烈な当てつけに他ならない。このサポーターの反応はさすがにこたえたようで、試合後、主将でありながらコメントを拒否。地元メディアから、プレー面での批判のみならず、チームリーダーとしての資質を問う声まで出て、四面楚歌(そか)の状況に追い込まれた。
引き分け以下なら1次リーグ敗退もありえたデンマーク戦で、ブラジルのロジェリオ・ミカーレ監督は先発メンバー2人を入れ替えた。フェリペアンデルソンの代わりにCFルアンを投入し、それまでCFとしてプレーしていたガブリエルジェズスを左サイドへ、左サイドにいたネイマールをトップ下へ。また、累積警告で出場停止処分を受けたボランチのチアゴ・マイア(サントス)の代わりにワラシ(グレミオ)を起用したのである。
この変更で、ブラジルの中盤の守備が安定。ボランチのレナトアウグストが攻守のつなぎ役をより効果的にこなせるようになり、4人のアタッカーが目まぐるしくポジションを交換しながら自由奔放にプレーするというブラジル本来の攻撃ができるようになった。
デンマーク戦では、ネイマールの組み立てからガブリエルバルボサの2得点などで4-0と快勝。準々決勝のコロンビア戦では、ネイマールがファウルを交えた執拗なマークと度重なる挑発にも冷静さを保ち、1得点1アシストでチームを2-0の勝利に導いた。そして、準決勝ホンジュラス戦ではネイマールの2得点2アシストの活躍などで6-0と大勝。チームもエースも完全に波に乗った状況で、20日の決勝を迎えたのである。
この金メダルには少なくとも3つの大きな意義がある。
まず、久々に国際大会のタイトルを獲得したことで、ブラジル国民が自国のサッカーに対する自信を回復すると同時に、対外的な威信も取り戻したこと。A代表のタイトルではないが、過去十数年の負の連鎖に終止符を打ったことに大きな意味がある。
ネイマールがどん底の状態から立ち直ったことも重要だ。もし1次リーグ最後のデンマーク戦でも不調でチームが敗退していたら、「重要な試合で頼りにならない選手は、A代表でもいらない」というネイマール不要論が出ていたはず。もしそうなっていたら、18年W杯南米予選を戦うブラジル代表の将来に暗雲が垂れこめていたに違いない。
五輪の遺産、有効活用できるかがカギ
また、この大会における活躍で、ガブリエルバルボサとガブリエルジェズス、CBロドリゴカイオ(23、サンパウロ)、左SBドウグラスサントス(22、アトレチコ・ミネイロ)らにA代表定着への道が開けた。
今後、ブラジルサッカーが再び世界トップレベルに返り咲くためには、リオ五輪の遺産を有効活用できるかどうかがポイントとなる。そのことを、9月初めに再開される18年W杯南米予選でじっくり検証したい。