非常食の新スタイル 普段食に使え、備蓄も古くしない
知っておきたい最新非常食1

備蓄の目安は1週間、最低でも3日分は確保を
災害発生時の健康を維持し、緊張する気持ちをほぐす大切な役割を担うのが食事だ。災害時はスーパーやコンビニの食料品が品切れになることも多いが、非常食を備蓄している人はどの程度いるのだろうか。

ウェザーニューズは、今年2月に防災・減災の意識調査「減災調査2016」を行った。「非常食はありますか?」という質問への回答は、「ない」が24%、「食料と水を備蓄している」が47%。2010年は39%が「ない」、37%が「食料と水を備蓄している」だったことから、震災前よりも高い数値をキープしていることがわかる。
ただし、震災発生翌年の2012年と比べると「食料と水を備蓄している」が5パーセント減少、「ない」が2パーセント増え、徐々に減少傾向にあるのも事実。東日本大震災から5年がたち、直後に買った非常食が期限切れでそのまま放置している人もいるかもしれない。「非常食を準備していない」「準備していたけど、最近はしていない」という人は、ぜひ防災の日を契機に、非常食について考えてみてはいかがだろうか。
非常食を準備する際に気になるのが、その備蓄の分量。具体的に何日分の食料備蓄があれば安心なのだろうか。防災安全協会事務局長の北村博さんによれば「理想は1週間分、最低ラインとして3日分」だという。
「2013年、内閣府は南海トラフ地震に備えて各家庭で1週間以上の備蓄が必要と発表しましたが、収納スペースなどの都合から難しい家庭もあるでしょう。そこで、防災安全協会では交通網や電気などのライフラインが復旧するまでを最低3日と考え、その間の食料を確保しておくことを推奨しています」
当然、震災の規模や地域によって復旧までの日数は異なる。都市部であればライフラインの復旧も早いだろうが、熊本地震では全国から救援物資が届いていても、道路が復旧しないため一般家庭や避難所に行き渡らないこともあった。
「日常的に備蓄しているカップ麺やレトルトカレーなども含め、1人あたり3日分の食料は確保しておきましょう。そうすれば、交通網の寸断などといった不測の事態にも最低限対応できると考えられます」(北村さん)
日常的に非常食を食べる「ローリングストック」とは
備蓄への関心の高まりに伴い、現在は非常食のバリエーションも広がっている。
非常食といえば「乾パン」を思い浮かべる人も多いかもしれないが、東急ハンズ新宿店の防災グッズ売り場を見てみると、五目ご飯やカレーピラフなどのご飯類、煮物やハンバーグといった総菜、さらにはようかんやクッキーなどのデザート類まで、バラエティー豊かな非常食が約70種類ほど陳列されていた。非常食を手に取っていた60代の男性は定期的にここを訪れ、家族4人分の非常食を買い足しているという。「どれもおいしそうで、つい買いすぎてしまいます」と笑いながら、缶詰入りのパンを吟味していた。

「日常的に備蓄をしている人もいますが、一番多く売れていくのは地震があった直後。先日も地震が繰り返し起きた時、棚が一気に空になりました」(東急ハンズ新宿店・防災グッズ売り場スタッフ)
また、どんな非常食が人気かという質問については「皆さん、食事を選ぶ感覚で、好みのものを買っていく」という。実際、構えることなく手軽に非常食を購入するのは「防災・減災の観点からみて有効」(北村さん)だ。
「甲南女子大学名誉教授の奥田和子さんらが国民への備蓄の重要性から提唱している『ローリングストック』という考え方があります。これは災害時に備えて食べものを多めに買い置きしておき、定期的に食べ、減った分を新たに買い足していくもの。利点は大きく2つあり、1つは、災害発生時まで放置していて期限が切れていたということを防げる点。次に、日常的に慣れ親しんでいるものなので、災害時のストレスを軽減できる点です」
非常食を購入したはいいが、ふと期限を見てみたら切れていた、という経験がある人は多いだろう。また、ローリングストックを意識して普段から備蓄する考えが広がれば、非常時の「買い占め」の抑止にもつながる。
「半年か1年に一度、家族で非常食を食べる機会を設けてみる。別のものを試してもいいし、気に入ったらそれを買い足せばいい。重要なのは『期限が切れる前に必ず食べて入れ替えること』『その味を知っておくこと』の2点です」(北村さん)
定番商品が非常食に 大手企業も関心を示す
ローリングストックの普及は、非常食市場にも変化をもたらしている。これまで中小企業が中心だった市場に大手が参入し、「いざという時でもいつもの味」として、定番商品の長期保存タイプを発売する動きが広がっているのだ。

カゴメは東日本大震災を経て、2013年に「野菜一日これ一本」の賞味期限を2年から3.5年に延長してリニューアル。さらに「長期保存用」として、賞味期間5.5年のものも発売している。昨年にはサントリーも「南アルプスの天然水 防災備蓄用2L」を発売。ペットボトルを厚くし、表面に紫外線から保護するフィルムコーティングを施すことで、5年間という長期保存を可能にした。どちらもパッケージに改良を加えることで賞味期間を延ばしているので、中身はそのまま。震災時でもいつもと同じものを味わうことができるのだ。

一方、大手食品会社以外でも、非常食のハードルを下げるような製品が発売されている。杉田エースの「IZAMESHI(イザメシ)」シリーズだ。
「弊社はもともと建築金物資材の商社で、防災商品の一種として非常食も取り扱っていました。東日本大震災が起きた時、その非常食の注文を多くいただいたことがきっかけで『どうせならおいしい方がいいよね』『それなら自分たちで作ろう』という思いから誕生したのが『IZAMESHI』シリーズです」(杉田エース商品開発グループ・今掛里美さん)
食べものの写真を大きく配したパッケージは、一見非常食とは思えない。「いつでもおいしい、どこでもおいしい」をコンセプトに、非常時だけでなく風邪をひいた時や寝坊した時のお弁当など、日常の「いざ」という時にも手軽に使ってもらえるよう、デザインのカジュアルさと、普通のおかずとして使える見た目や味へのこだわりを追求した。
手に取りやすいデザインと味は普段から多くの人が利用しているレトルト食品のようだが、保存期間が3年と長く、レンジやガスが使えない災害時を想定して、温めなくてもおいしく食べられるという非常食の利点をあわせ持つ。こうしたいいとこ取りのコンセプトが好評で、2014年9月1日の発売以来、順調に売り上げを伸ばしている。発売当初から20種類(単品のみ)と多彩だったラインアップも、現在はさらに増え35種類(単品のみ)が発売中だ。
最近の非常食は水・温めなしでも食べられるレトルトタイプが人気
様々な企業が日夜開発に励む非常食業界だが、7月にはその中から優れた非常食を選ぶ「第1回・日本災害食大賞」が開催された。「美味しさ部門」「機能性部門」「新製品部門」の3部門で、専門家の審査により優秀賞を決定。全国から42社92品目がエントリーし、13日に東京ビッグサイトで行われた、オフィス用の防災製品が一堂に会する展示会「オフィス防災EXPO」内で表彰式が行われた。北村さんいわく「初の開催だったが予想以上に多数のエントリーがあった」といい、その中から最近の非常食の傾向もみえてきたという。
「温めたり水を入れたりしなくても食べられるレトルトタイプが増えてきました。こうした製品は電気、水道やガスが止まっていても食べられるうえ、缶詰より軽く持ち運びにも適している。逆に、これまで主流だった缶詰は減っている印象です。缶詰の保存技術に、レトルトが追いついてきた結果ともいえるでしょう」(北村さん)
その他、栄養バランスを意識したものや誰でも安心して食べられるアレルギー物質不使用のもの、生活習慣病を意識して塩分が控えめのもの、保存期間の長いものが目立った。特に保存期間については東急ハンズの売り場で行った取材でも「なるべく長いものを選びたい」という意見が多く、消費者のニーズに沿った結果となっている。
北村さんによれば「日本の非常食は世界的に見ても他に類を見ないほど種類が豊富で、技術力も高く安全」。今後も開発競争が進み、次々に新しい製品が登場しそうだ。
次回は、そんな日本の技術力を駆使した、日常的においしく食べられる非常食を紹介する。
(文 小沼理=かみゆ)
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