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金メダルが「最低限」 競泳・金藤がみせた覚悟

選手が高みを目指そうとすれば、努力が結果に裏切られる悲しさも時として味わうことになる。そうやって苦しんだことのあるスイマーなら、誰もがあの金藤理絵選手のレースに心を揺さぶられたのではないだろうか。

北京五輪には出たがロンドン大会の舞台には立てなかった金藤。何度も辞めよう、と思ったと聞く=共同

彼女は2008年北京五輪に出場し、次のロンドン五輪は舞台に立てなかった。北京からの8年間は平たんな道のりではなかったはずだ。何度も辞めよう、あきらめようと思ったと聞く。

結果が伴わぬ苦しさ越えての戴冠

打ち込んでいるのに結果が出ない。そんな彼女の苦しみは多くの選手に身の覚えがあるものでもある。私も00年シドニー五輪で銀メダルを獲得し、次の04年アテネ大会で金メダル候補として期待されたが、そこで代表にすらなれなかった。シドニーからの4年間、死に物狂いで練習していた。自分を信じて目標に向かってもいた。なのに結果が伴ってくれない。そのときの悲しさ、苦しさといったら、とても言葉に表せるものではない。

メダルを取っていなければ。五輪に出ていなければ――。あのときは競泳と出合ったことすら後悔していた。だから代表入りを逃した04年で競泳をやめようと思った。期待してくれた方々に合わせる顔もなく、地元の新潟へ足を向けることすらできなかった。心ここにあらず、ぼうぜんと過ごすこと半年くらいだっただろうか。

「もし続けたい気持ちが1%でもあるのなら、今は引退すべきときではない」。そんな励ましから教わったのもそのときだ。「辞める」は「逃げる」という選択肢になりやすい。当時24歳。心からやり切ったと自分が納得できるまで、引退の2文字は封印することに決めた。

「金」への道のりには、つらいことが多かったはず=共同

私は07年まで現役を続けることになる。あの「辞めたい気持ち」を乗り越えたからこそ今がある、と思える。あのまま04年でやめていたら、こうして水泳と関わり続けることもなかっただろう。

最後の最後で結果…その歩みを祝福

金藤選手の表彰台まで道のりにしても、つらいことの方が多かったはずだ。それでも最後の最後で、最高の結果を出した彼女の歩みを祝福したい。私は00年シドニー五輪で記録したタイムが自己ベストで、現役を07年まで続けるなかでその更新までは果たせなかった。

だが金藤選手は27歳になってなお自己ベストを伸ばし、この春に女子200メートル平泳ぎで日本選手初の2分19秒台も達成している。若い世代からどんどん突き上げられるこの世界で、遅咲きながらもしっかりと花を咲かせている。

リオでの決勝も、安心して見ていられる落ちついたレースだった。100メートルをターンして頭一つ抜けたところで「もう大丈夫」と感じられた。175センチの身長を生かした彼女らしい大きなストローク。スタートから攻めているが、焦ってはいない。様々な感情を経験し、乗り越えてきた彼女は、ベテランであるがゆえに自分の心をコントロールするのがうまいのだろう。リオ入りしてからの発言にも一喜一憂するところが見当たらなかった。

喜びの声とともにコーチへの感謝を真っ先に述べたのが印象的だった=共同

失意と悔しさを知る人のたくましさ

もともと技術も力も素晴らしいものを備えており、レース後半に強い。ただしそのうえで「世界で戦うには(前半の)スピードも必要」と彼女自身が自覚し、鍛錬を積んできた。ある意味で自分を「変える」ことに挑んだ。そして勝負の本番で恐れずひるまず、攻めるレースに挑んだ。これは前日に200メートルバタフライで2大会連続「銅」に輝いた星奈津美選手にも共通することで、その姿勢を何よりもたたえたい。

喜びの声とともに、加藤健志コーチへの感謝を真っ先に述べていたのも印象的だった。星選手が平井伯昌コーチのことにすかさず触れていたのもそう。結果を残すには選手自身の頑張りはもちろんだが、指導者との関係性も大切なのだと考えさせられる。孤独に自らと向き合うしかない選手が落ち込んだり苦しんだりしたとき、コーチの存在がいかに大きいかということだろう。

今回のリオ五輪に、世界ランキング1位で臨んでいる金藤選手。1992年バルセロナ五輪200メートル平泳ぎ金メダルの岩崎恭子さん、04年アテネ五輪800メートル自由形金メダルの柴田亜衣さんはノーマークの存在からの戴冠であったし、前回ロンドン五輪で同種目銀メダルを勝ち取った鈴木聡美選手にしても、今回の金藤選手ほどに重圧を背負ってはいなかったと思う。

失意と悔しさを知る人間のたくましさを、27歳はみせてくれた=共同

あきらめないからこそのチャンス

金藤選手にとって今回は「世界1位」という称号の重みに加え、世界記録更新のかかった決勝レースでもあった。日本の競泳女子選手の誰も感じたことのないこのプレッシャーに打ち勝ち、期待に応えてくれたのだ。金メダルを手にして「最低限の結果を残せた」と語った金藤選手の言葉には、確たる覚悟でリオに臨んでいたことがうかがえる。失意と悔しさを知る人間のたくましさ、乗り越えてきた者の強さを見せていただいた。

あきらめないからといって、すべての選手が結果に恵まれるわけでないことを、戦ってきた人たちは知っている。それでもあの金藤選手のレースが背中を押してくれるように思える。あきらめなければ、かなえるチャンスも生まれるのだと。これまで数々の競泳メダリストが生まれているが、そのなかでも価値ある「金」ではないだろうか。

(シドニー五輪100メートル背泳ぎ銀メダリスト)

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