ビル転落の怖さ知るVR 作業員教育に一手
電気設備を製造する明電舎は、疑似体験装置を使った施工作業員の安全講習に力を入れている。現場の作業は協力会社が主に担っているが、作業事故の防止もメーカーの役目と、各地に出向いて指導してきた。今年からは仮想現実(VR)を取り入れた最新装置による講習を始めた。装置で体験するのは万が一の時の怖さ。講習を受けた作業員の事故は今のところ起きていない。

眼下には東京の街が広がる。足元を見ると鉄骨で組み立てた幅1メートルほどの足場。地上63メートルを吹きすさぶ風の音が聞こえてくる。実際は自分が地上に立っているのは分かっているのに、足がすくむ。とても跳び上がれない。
仮想現実を使った明電舎の事故防止装置は頭部にゴーグル型のヘッドマウントディスプレー、両足にはセンサーを着ける。センサーの位置を測り、装着者が動くとゴーグルの映像が連動する。
高層ビルからの落下と脚立からの転落、現場で金属パイプを切削する機器「グラインダー」によるやけどの3つを疑似体験できる。
脚立の転落ではゴーグルを着けたままバランスを崩し、周りの社員に抱えられる人が続出する。切削時に散った火花の映像を見ながら本物のグラインダーを持つので、みな手が震える。プラント建設本部の竹川徳雄本部長は「映像の世界に入り込んでしまって倒れてしまう人もいる」という。
明電舎は電気設備のメーカー。設備の取り付けは主に協力会社が担っている。ビルの屋上での取り付け工事など、危険な場所での作業が多い。協力会社では体系的な安全講習をするのは難しい。

明電舎は2008年から、自社設備の施工などをする作業員が事故を体験できる装置を開発して教育してきた。安全靴の上に重りを落として衝撃度を体感したり、発電機の回転するベルトに割り箸を挟んで指が巻き込まれた時の恐ろしさを想像してもらったりしてきた。
当初は都内の施設などに集めて体験してもらっていたが、14年から装置をコンテナに積んで現場に出向く出前型教育に切り替えた。要望があれば随時出かける。竹川本部長は「体験した作業員でこれまでに事故を起こした例はない」と指摘する。
施工現場では経験の少ない作業員が増え、高齢化も進んでいる。今回開発した装置を現場に持ち込んで、作業員の意識を高めるのに役立てている。9月までに感電事故などコンテンツを拡充する計画。年間1000人の利用を目指しており、6月末までに200人以上が受けた。電力会社などの顧客から使いたいという要望も来ており、社外での活用も検討する。
(企業報道部 世瀬周一郎)
[日経産業新聞8月12日付]
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