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高藤と近藤、若さ出た柔道初日の銅メダル

初日の日本柔道は金メダルに届かなかった。男子60キロ級の高藤直寿(パーク24)も、女子48キロ級の近藤亜美(三井住友海上)も銅メダル。どちらも力はあった。動きもよかった。それでも負けた。これがまさに五輪ということ。金メダリストになるには何かが足りなかったこと、それでもあきらめずにメダルへの執念をみせたことに価値がある、2つの銅メダルだった。

ともに銅メダルを獲得した女子48キロ級の近藤(左)と男子60キロ級の高藤

2人ともよくやった

高藤23歳、近藤21歳で迎える初めての五輪だった。率直な感想を言えば、2人ともよくやった。ただ、負けた試合は特にそうだが、やはり若さがみえた。なまじ調子が良かったために「いつでもチャンスがある」と2人は思い、2人に勝った選手たちはそれぞれ「チャンスは一瞬」と考え、その一瞬にかけた。その差が出たのだと思う。

近藤は長所も短所も含めて、近藤そのものだった。準々決勝、技ありを先にとられ後が無くなった直後に、カザフスタンの選手を執念で横四方に組み伏せた。あそこからのギアチェンジと逆転勝利は実力者であっても難しい。あれこれ頭で考えずに開き直って、自分を信じて突き進むことができる。3位決定戦でも、延長に備えたペース配分など考えず、4分間の最後の最後で投げを打ってポイントと勝利をものにした。だが、準決勝で対戦した海千山千のパレト(アルゼンチン)にはその良さも勢いも封じ込まれた。

けんか四つで珍しく右のつり手が引けた。しめたと近藤が思った瞬間に逆に先に担がれた。パレトが本気で投げの勝負に出たのはこのときだけで、あとは技ありのリードで逃げ切るべく、ほとんどの技は場外近くで仕掛け、寝技への展開も許さなかった。一度転がりだした負の流れを近藤は最後まで止められなかった。準々決勝の逆転勝ちの意識もあって、寝技にこだわり過ぎた部分もあった。立ち技でプレッシャーをかけ、パレトへの指導が重なるように仕向けながら、機を見て寝技で勝負という選択もあった。近藤にはルールも生かした二段構えの「ずる賢い柔道」ができるほどの成熟さはまだない。

高藤は、彼らしい思い切りが少しばかり鈍ったようだった。これは気後れというより、責任感がそうさせたのだろう。彼ならもっとおおらかに戦えると思っていたが、五輪に立って、これまで隠れていた一面が表出したのかもしれない。初めてみる慎重な高藤だった。

多くの日本選手が嫌う接近戦もかって出る、型にはまらない独特の技や攻めは相手に予測させない強さがある。それゆえに変則と異端の頭目のように見られてもいる。そんな高藤だが、この日ばかりは勝手が違って、攻めがやや無難なものになった。そうはいっても根っこのところは攻め一徹の選手である。手堅くいこうと思っても、急に守りが堅くなるものでもない。

準々決勝で背後に回られ、浮技のような技で一本を取られた。相手に先に指導が与えられたとき、一息つけたようにみえた。その虚を突かれて、相手の技をふわっと受けた。防ぐなら防ぐで、あそこは両手を離して畳に這いつくばってでも技を防ぐべきだった。

頂点に立てる外国人選手は、こういう半端なことをしない。ふわっとした時間を一瞬たりとも作らない。日本人はリードした後の守りは休みの時間と思いがちだが、そこに落とし穴がある。ただ一度のチャンスにすべてをかけてくる技は半端な気持ちでは防げない。柔道の強さと勝負の強さはイコールではない。

高藤は変則ともいわれる自分の柔道を貫こうとして負けたのだろうか。スタイルを捨ててまで勝ちを欲して、それでも勝てなかったのか。答えは本人にしかわからないし、本人にも整理して考える時間が必要かもしれない。

ただ、これだけは言っておきたい。柔道に正統も異端もないと私は思っている。異端が悪いわけでもなく、チャンピオンになる者は、必ず異端児の性格を持っているものである。彼らの個性は、何かしらの形で鋭くとがっている。しかしまた、いざ勝負となると余計な角がとれ、いくらでも丸くなれる。それが経験というもの。年季を経るほどに、異端と正統を自分のなかで都合よく使い分けられるようになるのである。

近藤に勝ったパレトは母国アルゼンチンに柔道で初めての金メダルをもたらした。今回の最軽量を制した選手が男女ともにやや盛りを過ぎたベテランだったことを、日本の若い2人には覚えていてもらいたい。

「柔道ニッポン」背負うことの重圧

世界選手権とも違う、五輪で「柔道ニッポン」を背負うことの重圧を高藤も近藤も初めて味わったことだろう。だがパレトにも母国で柔道のパイオニアとして背負ってきたものがある。乾坤一擲(けんこんいってき)にかけた長い歳月がある。2日目以降に出てくる日本選手たちにも、そのことに想いをめぐらせてみてほしい。

負けというのは後日になってみないと意味が定まらないところがある。触れられて痛いだけの古傷で終わるのか、苦い良薬として稽古や試合に役立てるのか、すべては本人次第。2日目が出番となる男子66キロ級の海老沼匡と女子52キロ級の中村美里は、4年前のロンドン五輪では「負け組」だった。海老沼は銅メダル、金を確実視された中村はメダルに届かなかった。いまも地力はあるが、両人ともにいささか「旬」は過ぎたと見られている。

悔しさに震える高藤と近藤の姿は、4年前の自分たちを思い出させて、身につまされるかもしれない。しかしまた海老沼と中村は、初日の勝者にいまの自分を重ねて、色めき立ってもいるのではないだろうか。「追い風が吹いてきた」と。

(筑波大学体育系准教授)

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