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リオ五輪も配信、スポーツ観戦「VR革命」が始動

渡辺史敏 ジャーナリスト

日経テクノロジーオンライン

「バーチャルリアリティー(VR:仮想現実)元年」――。2016年に入り、米Facebook(フェイスブック)傘下にあるOculus VR(オキュラスVR)が3月にヘッドマウントディスプレー(HMD)「Oculus Rift」の出荷を開始し、ソニーも10月にHMD「Playstation VR」の発売を予定するなど、VRが普及へと一歩踏み出す年になりそうだ。そんな「VRブーム」は、ゲームの世界だけでなくスポーツ界にも着実に及んでいる。

連日、熱戦が繰り広げられているリオデジャネイロ五輪。今回はVR映像が配信される史上初の五輪となった。

米国でのテレビ放送権を持つ4大テレビネットワークの1つであるNBCは、開会式から閉会式まで1日1競技、計85時間の映像をVR配信している。VR映像はオリンピック放送機構(OBS)が制作し、陸上競技や体操、バレーボールなどのハイライト映像が撮影日より1日遅れのタイミングで配信されている。

今回対象となる機器は、韓国Samsung Electronics(サムスン電子)のスマートフォン(スマホ)を着用して使うHMD「Gear VR」のみで、NBCの有料視聴契約者向け動画視聴アプリ「NBC Sports TV Everywhere app」を通じてでしかVRコンテンツセクションにアクセスできない。

つまり、米国でも視聴者はかなり限定されるうえ、残念ながら日本からの視聴は難しい。それでも、スポーツ観戦に新たな体験をもたらすVRに初めて乗り出した五輪として歴史に刻まれることは間違いない。

NFLでVRアトラクション

VRとスポーツの相性は抜群だ。観戦時にゴーグル型のHMDを装着することで、360度全方向が仮想現実の世界に没入できる。観戦者が家にいたとしても、あたかもスタジアムやフィールド内にいるかのような臨場感、そしてこれまでのスポーツ放送では見たことがないような視点での映像を体験できる。

筆者がスポーツ界におけるVRブームを改めて実感したのは、2016年2月に米国シリコンバレーで開催されたプロアメリカンフットボールNFLの優勝決定戦「第50回スーパーボウル」である。

ゲーム開催までの8日間、サンフランシスコ市のダウンタウンにある国際展示場に設けられたNFLのテーマパーク「NFL Experience」には"NFL Virtual Reality"と名付けられたVR体験ブースが設けられ、毎日多くの入場者が詰めかける人気アトラクションとなった。

このアトラクションはVR技術企業の米NextVRと米Jaunt VRが出展したもの。NextVRは2015年のNFLシーズン中、ニューヨーク・ジェッツ対テネシー・タイタンズやボルチモア・レイブンズ対ピッツバーグ・スティーラーズ戦など3試合を撮影し、360度見渡せるVR映像を作成した。

Jaunt VRも独自に撮影し、会場ではサムスン電子のGear VRを使って、VR映像を体験できるようにしていた。実際に視聴してみたが、試合前のセレモニーや試合をフィールド上で体験しているような感覚が得られ、なかなかの迫力だった。

クォーターバック視点でゲーム体験

今年のスーパーボウルにおけるVRアトラクションはこれだけではなかった。ドイツのIT(情報技術)大手企業SAPは、サンフランシスコのダウンタウンの一部を閉鎖して開催された屋外イベント「Super Bowl City」の自社ブース内で"Quarterback Challenge"というVR体験アトラクションを設置した。こちらは、アメリカンフットボールの攻撃の司令塔であるクォーターバック(QB)の視点でCG(コンピューターグラフィックス)のフットボールを体験できるというものだ。

SAPはサッカーなどプロの試合のプレー解析などでスポーツ事業を展開しており、今回の試合会場となった「Levi's Stadium(リーバイス・スタジアム)」を本拠とする「サンフランシスコ49ers」のスポンサーでもある。それ故、こうしたアトラクション展開は自社ブランドの格好のPRとなったことだろう。

このようなVR体験アトラクションをNFLで導入したのは、スーパーボウルだけではない。ニューヨーク・ジェッツは2015年シーズン中のホームゲーム6試合で"ジェッツ・バーチャル・サイドライン"と名付けたVR体験イベントを開催した。

これはVRアトラクションの正式導入に向けたベータテストとして行われたもので、興味深いのは6種類のVRコンテンツが用意された点である。6種類とは、チームメイトとともにフィールドに入る様子や、コイントスの一員になる、フィールドで国歌斉唱に参加、タッチダウンのパスキャッチをサイドラインから見る、チアリーダーのダンスに参加、ジェッツの応援(チャント)に参加というもの。

その中では、フィールドに入る映像が最も人気があったということだ。このように、どんなコンテンツがスポーツファンに最も人気があるかを、VRコンテンツを通じて探る動きも今後活発になるかもしれない。

「どんなイベントでもすぐにライブストリームが可能」

VRの導入に積極的なのは、もちろんNFLだけではない。前述のNextVRは、特にスポーツのVRライブ配信に熱心に取り組んでいることで知られる。

NextVRは、4大テレビネットワークの1つであるFOXのスポーツ部門FOX Sportsと5年契約を結んでおり、ゴルフの全米オープンでは2年連続でVRライブ配信を実施した経験を持つ。

2016年2月には、自動車レースの「Daytona 500」もVRでライブ配信を実施した。さらに2015年10月にはケーブルチャンネルのTNTとプロバスケットボールNBAのゴールデンステート・ウォリアーズ対ニューオリンズ・ペリカンズ戦をVRでライブ配信している。

Next VR共同創業者のDavid Cole氏は2016年1月、ラスベガスで開催されたコンシューマー向け技術展示会「CES」でスーパーボウルでのVR体験計画を発表した際、「どのようなイベントでもすぐにライブストリームができる。NFLが承諾するなら来シーズンにも実施可能だ」と意欲を見せたという。

NFLチームや大学クラブが導入

ここまではスポーツ観戦をするファン向けのVR導入の取り組みを紹介してきた。一方で、選手のトレーニングにVRを取り入れる動きも始まっている。先行しているのは、やはりアメリカンフットボールだ。

カリフォルニア州に位置する名門私立スタンフォード大学のVR研究に端を発した、STRIVR Labsがそのリーダー的存在である。

例えばQBはプレー開始前やプレー中に素早く相手守備陣の陣形、選手の動きを読み取らなければならない。QBの視点の動きや判断をトレーニングするのに、QB視点で撮影され、360度視線を変えることができるプレーのVR映像は最適なのである。

2007年からトレーニングに適した映像や利用法の研究開発が進められ、同社は2015年に正式に設立された。スタンフォード大のフットボールチームなどで実績を挙げ、既に12の大学が採用済みだ。NFLでもダラス・カウボーイズや49ersなど5チームがトレーニングキャンプなどで導入している。

実は先に紹介したニューヨーク・ジェッツもその一つで、トレーニング用に同社と契約、それをファンデベロップメント(開拓)用に拡大しようとしている。

STRIVR Labsは、対象競技をバスケットボールやアイスホッケーにも広げている。2020年の東京五輪では、VRでのゲーム観戦のみならず、選手のトレーニングでの利用ももはや当たり前になっているかもしれない。

渡辺史敏(わたなべ・ふみとし)。ジャーナリストとNFLの日本窓口であるNFLジャパン リエゾン オフィスPRディレクターを兼務。2014年3月まで19年間、ニューヨークを拠点にNFLやMLBなどのスポーツと、インターネット、コンピューターなどITの2つの分野で取材・執筆活動を行う。帰国後、現職。

[スポーツイノベイターズOnline 2016年8月3日付の記事を再構成]

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