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IOC、「伝家の宝刀」再び

武智幸徳

国家主導のドーピングの実態が明らかになったロシアのリオデジャネイロ五輪参加を認めるかどうか。24日の理事会で国際オリンピック委員会(IOC)が下した「参加の可否は各競技の国際団体(IF)に委ねる」という決定が「丸投げ」との批判を浴びている。

個人的にはこの帰結に懐かしさを覚えた。五輪が参加資格問題に揺れに揺れた1980年代。共産圏に国家アマ、日本に企業アマ、欧米には机の下で金銭を受け取るプロもどきがいて、五輪を「アマチュアの祭典」とうたうには無理が生じていた。どういう選手で五輪を行うべきなのか。

一律の参加資格を定めるのは無理と悟ったIOCの出した答えが「それは各IFで決めて」。これでサッカーなどでプロの参加が加速、現在のオープンな五輪に変貌する契機になった。困った時のIF頼みはIOCの「伝家の宝刀」という気がしないでもない。

ドーピングに大打撃を与えるにはロシアを五輪から除外すべきだった。スポーツの公正さと、長い目で見れば、選手の心身を守ることにもつながっただろうから。

一方で今回の決定にほっとした部分もある。国ぐるみでドーピングに手を染めたとしても潔白な選手が1人いれば、制裁によって巻き添えにするのは「プレーヤーズ・ファースト」の原則に触れると思うのだ。IOCにすればクリーンな選手を人質に取られ、やむを得ず譲歩した感じか。

たとえ身は潔白でも、ドーピングの内情を知りながら黙っていたのは悪事に加担したのと同じという考えもある。が、訴え出る相手が善玉か悪玉かの区別もつかない、混沌とした状況下に生きる選手に対し、安全地帯から正論をふりかざす気もあまり起きない。

ロシアのプーチン大統領は今後の取り組みについて「IOCや世界反ドーピング機関(WADA)と緊密に協力する」と歩み寄る姿勢を見せているという。当然だろう。

悪事を取り締まる側が実は悪の元締という安い時代劇みたいなこの国で2年後、サッカーのワールドカップ(W杯)が開かれる。リオ五輪はロシア参加の是非が問われたが、次はW杯開催の適性に飛び火するのではと案じる。自らの非を認めることなく「西側の言いがかり」などという主張を繰り返すようでは。

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