なるか萩野、瀬戸の「金」「銀」 競泳陣に勢いを
リオデジャネイロ五輪の開幕が迫ってきた。2012年ロンドン五輪で戦後最多となる11個(銀3、銅8)のメダルを獲得した競泳陣は今大会も多士済々。長らく日本をけん引してきた北島康介の引退で世代交代が進み、久しぶりにフレッシュな印象を受けるが、前回届かなかった金メダルへの期待も高まる。新たにチームを引っ張る選手が現れるかという点でも注目で、東京五輪に向けた試金石にもなる大会といえるだろう。

■「金が当たり前」だった北島
これまでは北島康介という偉大な存在がチームに安心感をもたらし、心の支えになっていた。模範になる金メダリストがいれば周囲も落ち着いてレースに臨めるし、「次は私が」と気持ちも奮い立つ。それが日本の強みであり、過去に多くのメダルを取れた要因だった。
今回の布陣で康介に代わるリーダー候補は誰かと問われれば萩野公介(21、東洋大)であり、瀬戸大也(22、JSS毛呂山)になるだろう。同学年の2人は若くて伸び盛り。実績を見てもその資格は十分だ。世界では多種目での出場がスタンダード。「メダルが取れたらいい」という考え方を康介が「金メダルを取ることが当たり前」に変え、いまや「多種目でメダルを狙うのが当たり前」になった。今後の競泳界を占う上でもマルチな選手が日本でも育ってきた意味は大きい。
なんといっても両者に金メダルの可能性がある初日の男子400メートル個人メドレーが日本にとって重要になる。萩野が世界ランキング1位で瀬戸は同3位。本番でも2人がレースを引っ張る形になるだろう。瀬戸はバタフライ、萩野は背泳ぎが得意。抜きつ抜かれつの展開になると予想する。

■進歩した萩野、世界選手権連覇の瀬戸
私の目から見ると萩野のバタフライはこの1年で大きく進歩した。かなりフラットな形で呼吸できるように改善され、瀬戸と比べても遜色ない泳ぎだ。一方、瀬戸は最近思うようなタイムを残せていないが、本番に合わせられるタイプ。世界選手権2連覇の結果が示しているように、狙った大会にピークを持ってくる力はある。切磋琢磨(せっさたくま)できるライバル関係が世界トップレベルまで押し上げた。最後まで2人で争った先に頂点が見えてくるだろう。ハイレベルなレースで日本の選手層の厚さを世界に示してほしい。
五輪では何より結果が大事。初日からワンツーフィニッシュとなれば、日本チーム全体が勢いづいて、メダルラッシュに沸く可能性がある。萩野が銅メダルに輝いて流れをつくったロンドン五輪を再現することが2人の役目だ。
海外勢をみると、五輪史上最多18個の金メダルを持つマイケル・フェルプス(米国)が5度目の五輪を迎える。男子200メートルバタフライでは瀬戸や進境著しい坂井聖人(早大)が挑み、200メートル個人メドレーに出場する萩野にとってはライアン・ロクテ(米国)に並ぶ最大の敵になる。ただ、一緒に戦った経験がある私には、バネがあってはじけるようだった全盛期の勢いや爆発力がなくなったように映る。31歳でトップレベルを維持しているだけで驚きなのだが、泳ぎに年齢を感じざるを得ない。タイムも伸びることはないのではないか。自分の泳ぎができれば日本勢にも勝機はあるとみている。

■ベテラン松田はリレーの精神的支柱に
04年アテネ五輪の男子400メートルメドレーリレーで銅メダルを取った者としては、日本のお家芸といえるリレーも見逃せない。3大会連続でメダルを獲得している男子メドレーリレーは背泳ぎ・平泳ぎの前半でリードするのが日本の戦い方。今回は康介がいないが、平泳ぎまでにトップに立ちたい。あとはバタフライでどこまで逃げられるか。その役割を担う藤井拓郎(31、コナミスポーツ)は代表経験が豊富で、最後の15メートルが強い選手。十分メダル争いに食い込めるはずだ。
さらに楽しみなのは萩野ら実力者がそろった男子800メートルフリーリレー。自由形はこれまで世界から取り残されていた種目。日本水泳連盟は自由形合宿を敢行するなど、近年底上げを図ってきた。その強化がようやく実るのではないか。なかでも4大会連続出場となる32歳の松田丈志(セガサミー)は唯一の出場となるこの種目に懸ける思いは強い。リレーに臨むにあたって、その心得もメンバーに伝えてくれるはず。個人でもリレーでもメダルを持つベテランはリレーチームの精神的支柱になるだろう。強い結束力を持って戦い、これまでの過程が間違っていないことを証明してほしい。
日本の競泳陣は今回、アテネ五輪並み(金3、銀1、銅4)のメダル獲得を目指している。若手からベテランまでいるこの布陣なら実現は十分可能だ。残り1週間ほど。ここから本番まではレースのイメージを膨らませながら疲労を抜き、体調を整え、心の調整に時間を充てることが肝要だ。
■程よい緊張とリラックスこそ重要
同時に、直前合宿での最後の追い込みを終えて少しずつ緊張感も出てくるだろう。予選を泳ぐまではプレッシャーを感じるもの。アテネ五輪で主将を務めた私はスポーツ心理学を学んだ経験を踏まえて「程よい緊張と程よいリラックスが最高のパフォーマンスを生むんだよ」と説いた。緊張は戦闘モードに入った証拠。マイナスなイメージを持たず、プラスにとらえることが大切だ。「入場するときにスタンドで応援してくれる選手やスタッフに笑顔で手を振れれば、リラックスできる」と当時私が話した内容は受け継がれて、今もベテランやコーチたちがレース直前の選手に声をかけていると聞いた。それを今大会でも実践してほしい。
16歳の池江璃花子(ルネサンス亀戸)ら東京五輪世代も大舞台を経験することで、一回りも二回りも成長してくれるだろう。どんなドラマが待っているのか。いよいよ始まる熱戦が待ち遠しい。
(アトランタ、シドニー、アテネ五輪代表)