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アーム買収 「英国の宝を売った」という見方は杞憂

VentureBeat

筆者は20年近く前、英半導体設計大手アーム・ホールディングスの本社があるケンブリッジでコンピューターサイエンスを学んだ。同社のマイクロプロセッサー設計手法「RISCアーキテクチャー」の簡潔さが突然ふに落ちた瞬間、心臓がドキリとしたのを鮮明に覚えている。

英国の至宝「アーム」

サーバーの中で使われているARMアーキテクチャーのチップ(C)Online

当時、アームという会社を耳にしたことがある人は人口の1%にも満たなかっただろう。今でさえ、ソフトバンクグループのアーム買収についてコメントしている人の80%以上が、(命令を減らして回路を単純にした)RISCと(従来型の)CISCの違いを本当には分かっていないのではないか。

だが簡単に言えば、アームは過去も今もなお天才だ。同社の半導体の設計手法は、ブルネル(鉄道などの技術者)やホィットル(ジェットエンジンの実用化を進めた技術者)、スチーブンソン(蒸気機関車の発明者)、ラブレース(世界最初のプログラマー)、ベル(電話の発明者)の功績と同じ畏敬の念を抱かせる英エンジニアリングの偉業だ。

こうした背景があったため、アームが売却されるという見出しを最初に見たとき、落ち込んだのは認めざるをえない。英国には真にグローバルなIT(情報技術)大手はそれほどない。マイク・リンチ氏が数年前にソフトウエア会社オートノミーを米ヒューレット・パッカード(HP)に売却した後、残ったのは実質的にアームだけだった。アームが「去る」のを目の当たりにし、英国のテクノロジーが後退するような気がした。実際、マスコミや分析報道の大半はこうした意見を唱えている。

(英国では)「ブレグジット(英国の欧州連合=EU=離脱)」に伴うポンド下落のせいで、国の宝が「外資の手に落ちた」という見方が広がっている。だが筆者は落ち着きを取り戻すにつれ、こうした見方は杞憂(きゆう)にすぎないと思うようになってきた。様々な受け止め方があるだろうが、なぜそう考えるようになったかという反論と、これが非常に前向きな発展になり得るのではないかということについて説明したい。

まずアームは英国出資企業ではない。アームは上場企業で、今では時価総額200億ポンドの巨大企業に成長したため、株主が頻繁に入れ替わるようになった。入手可能だった最新の株主リストでは、上位15の大株主のうち、英国の株主はわずか3つだ。実態はさらに複雑で、世界で事業を展開する米ファンドのブラックロックグループやキャピタル・グループなどが、様々な英株主(の株式)を保有している。したがって、アームは英国が所有する国の宝だという考えは全く誤りだ。アームはこれまでも今もグローバル企業なのだ。

 ブレグジットで買いたたかれたというのも大げさだ。売却が発表される前営業日(7月15日)のアームの株価は11.89ポンドだった。英国民投票の前日(6月22日)は10.19ポンドだったので、16.7%上昇したことになる。6月22日の外国為替市場では1ポンド=1.48ドルを付け、7月15日には1.32ドルと12%下落した。「ミスター・マーケット」はわれわれよりも賢い。アームは主に英国でコストが発生し、世界各地で売り上げを上げているため、売却の合意に至る前に「ブレグジットによる値下がり分」の大半が戻っていたことになる。

ソフトバンクは理想的オーナー

アームを買収した事についてプレゼンするソフトバンクの孫社長(21日、東京都港区)

ソフトバンクはアームのような企業にとって素晴らしいオーナーだ。長期的で、成長志向が強く、金銭面のオーナーだからだ。それぞれについて解説しよう。

アームは今や、これまでの一般株主とは違う長期株主を持つ。四半期ごとに業績目標を達成する必要はなく、長期にわたって事業を構築できる。長い目で見れば、これは会社をより戦略的にし、価値を高める。

第2に、ソフトバンクは成長志向のオーナーだ。孫正義社長は成長が見込め、最終的には売却して利益を確保できる企業に投資する。他人の不幸から利益を得たり、コストを削減したり、金融技術を駆使したりする未公開株(PE)ファンドの幹部とは異なる。孫氏は未来主義者で、コスト削減よりも重要分野への投資で業績が伸びると確信している。

最後に、最も大事なのがソフトバンクは戦略や技術ではなく、金銭面のオーナーである点だ。アームは中立を維持することで利益を得る「スイス型企業」だ。自社の設計を全ての主要プラットフォーム(米グーグル、米アップル、米インテル、韓国サムスン電子)に販売しているため、そのどれかがアームを買収していれば、アームの長期戦略の妥当性は著しく損なわれていただろう。さらに、戦略的な企業に買収されていれば、アームを完全に統合し、主な業務を自社の本社に移し、長期的には投資を減らし、世界全体のチャンスを見据えるのではなく、自社だけを重視した戦略に陥っていただろう。これに対し、ソフトバンクはアームをできる限り大成功させることに注力する。

成功の連鎖を期待

米シリコンバレーが(物価や人口密度、税金が高いにもかかわらず)IT業界の本場であり続ける理由を業界関係者に尋ねてみてほしい。彼らの答えには「エコシステム(生態系)」という全く曖昧で、理解の助けにならない言葉が出てくるだろう。エコシステムとは何か。それはどうすれば手に入るのか。

エコシステムは同じ場所で何代も続く企業がある状況で生まれるというのが、シリコンバレーから学べるシンプルな教訓だ。成功している輪作のように、各世代は次世代が育つ場を空けるために収穫しなくてはならず、その一部は土にかえって養分になる。IT企業の場合、新たな起業アイデアという若芽は、前の世代がもたらしてくれる専門知識や初期段階の投資、助言で大きくなる。

アームではこれが起きるだろう。年長者が次の世代に投資し、先輩企業の成功に刺激を受けた若者が起業する。1本のナラの大木から、多くのドングリ(acorn)が落ちる。アーム(ARM)の「A」が本来何を表していたのか(Acorn RISC Machines:ARMの前身だったエイコーン・コンピュータのRISCマシン)を考えると、うなずける。

By Suranga Chandratillake (英ベンチャーキャピタル、バルダートン・キャピタルのゼネラルパートナー)

(最新テクノロジーを扱う米国のオンラインメディア「ベンチャービート」から転載)

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