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平泳ぎのエース、故障で暗転 競泳・金藤理絵(上)

20代後半を迎えたスイマーがこんなにも劇的に変身できるものなのか。4月の競泳日本選手権。金藤理絵(Jaked)は200メートル平泳ぎで、27歳にして日本女子初の2分19秒台に突入した。今季世界ランキング1位でリオデジャネイロ五輪に挑む。

家族や恩師の支えで挫折を乗り越えてきた

高速水着時代には将来を嘱望された

高速水着時代に将来を嘱望されていた。19歳の東海大2年で臨んだ2008年北京五輪で7位入賞。09年には日本記録を連発した。

その後の高速水着の禁止も問題にしなかった。10年2月の米高地合宿で、コーチの加藤健志の度肝を抜いた。普通の水着を着用しての練習で高速水着でマークした同じプールでの自己ベストを更新した。加藤は「これからの競泳界は金藤一色になると思った」。

だが、その年の日本選手権直前に腰のヘルニアを発症。右肩上がりだった競泳人生が暗転した。

悪化への不安から、それまでの成長を促してきた猛練習に臆病になった。築き上げてきた筋肉はみるみる落ち、09年に69キロだった体重が11年には60キロに。オーラを失った体で臨んだ12年ロンドン五輪代表選考会で年下の渡部香生子らに敗れ、代表落ちした。

これ以降、金藤には「勝負弱い」という印象がついて回る。世界選手権であと一歩でメダルを逃すたびにそのイメージは強くなった。が、加藤の見方は違う。「控えめな練習から勝利は生まれない。ヘルニア後の低迷はそこに尽きる」

ここ数年は国内外の大会で渡部にことごとく敗れ、毎年のように「引退したい」と漏らすようになった。

周囲の支えでプールにとどまる

そんな金藤をプールにとどめたのは近しい人たちの支えだった。13年秋の姉・由紀の結婚披露宴で家族は理絵を励ますサプライズを用意した。「世界で泳ぐ姿は私たちの誇り」「理絵にはいつも勇気をもらっている」――。故郷(広島県庄原市)の友人から激励メッセージを集めて映像を作成し、本人の前で流した。最後に両親が水泳を続けてほしいと願って"人生の金メダル"を娘に贈呈した。

所属先の水着メーカー、フットマーク(東京・墨田)の同僚も願いは同じだった。水泳販売部部門長の小林智也は14年から金藤を講師とする水泳教室を始めた。「違う世界からも刺激を受け、現役を続ける糧にしてほしかった」と小林。

だが、温かい周囲に昨夏の世界選手権(ロシア)で報いることはできなかった。前半から出遅れ、食い下がる様子も見せない。前半の100メートルを最下位の8位でターンし、後半も伸びず6位に終わった。

加藤は「全力を出し切っての6位なら責められないが、あまりに覇気を欠いた姿に腹も立たなかった」。この泳ぎが師のみならず周囲を失望させたことは本人も分かっている。「あれが自分を応援してくれる人たちの記憶に残る私の最後のレースになるのは嫌だった」。驚異的な巻き返しがここから始まった。

(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊7月25日掲載〕

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