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欧州Inside ギリシャ、EUに残留したものの… 国民投票1年の閉塞感

イスタンブール支局 佐野彰洋

7月上旬ギリシャ最大の島、クレタ島。夕日に照らされた海をがけの上から眺めていると、海岸から30メートルほどの場所で1隻の小型漁船がいかりを下ろした。船を操っていた初老の漁師は水着姿で海に飛び込み、岸に向かって泳ぎ始めた。

「みんな増税で生活が苦しい。彼はあの場所に船を置くことで港に係留する費用を節約しているんだよ」。あっけに取られて一部始終を眺めていると、近隣のレストランの男性従業員が、理由を説明してくれた。

2015年7月、財政危機に陥ったギリシャは欧州連合(EU)が求める緊縮策受け入れの是非を問う国民投票を実施し、世界中の注目を集めた。

負担急増し脱税まん延

有権者の61%はユーロ圏からの離脱(Grexit)もやむを得ないとの覚悟で「反対」票を投じたが、わずか1週間後、与党・急進左派連合(SYRIZA)を率いるチプラス首相は最大860億ユーロ(約9兆9000億円)の第3次金融支援と引き換えに、国民投票で拒んだはずの緊縮策受け入れを決めた。

あれから1年。日本の消費税に相当する付加価値税(VAT)は13%から24%に跳ね上がり、企業や個人に課す所得税率も引き上げられた。政府はEUが求める基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字確保に向けた帳尻合わせに奔走。VATの引き上げとは別に、たばこ、ワイン、ビール、通信料金、有料テレビ、ガソリン、公共交通など幅広い品目やサービスに増税や値上げが及ぶ。

クレタ島で民宿を経営するコンスタンティノス・ギアヌラキスさん(52)は「売り上げの70%以上が税金や社会保険料で持って行かれる。政府は泥棒だよ」と憤る。夏場の観光シーズンで8万~9万ユーロを稼ぐが、施設の維持費や従業員の給与を払った後に手元に残るのは1万ユーロ強という。

ギリシャの債務危機が始まる10年以前は冬場でも地元のギリシャ人客が泊まりに来たが、今のギリシャ人に余暇を楽しむ経済的な余裕はない。「10月から4月は赤字になるので営業をやめる。夏の稼ぎだけで生活できるだろうか」と不安を隠せない。

ギアヌラキスさんは国民投票で反対票を投じた。それだけに、その後の金融支援受け入れに深く失望した。チプラス氏が緊縮策受け入れに反対する党内の造反組を切り捨て政権基盤の強化に成功した15年9月の総選挙では、投票所に足を運ばなかった。

 「政府の増税策は中小企業の負担の限界を超えている」(アテネ商工会議所)。10年に70%だった徴税率は足元では40%台まで下落しているとみられ、「生き延びるため収入はなるべく隠す。申告しない」(アテネの中小企業経営者)。脱税がまん延し、税収が想定に届かない懸念が高まっている。

そもそも公的債務の対国内総生産(GDP)比率が180%近くに達するギリシャにとって、EUの支援を受けながら緊縮策を続ける以外の選択肢は当初から存在しなかった。しかしチプラス氏は大衆受けする年金増額など実現不可能な公約を掲げて政権を奪取。国民投票にまで突き進んだ。

預金の引き出し制限続く

ユーロ離脱の可能性におびえる市民は銀行のATMに殺到し、長蛇の列ができた。流出した預金が戻らず、預金引き出し制限などの資本規制は現在も続いている。

チプラス氏が国民投票による「危機」をつくり出すことで政策の転換を図ったのに対し、英国では与党・保守党内の権力闘争が今年6月の国民投票に発展した。

2つの国民投票は、政治家が有権者の反EU感情を巧みに刺激し、政策の誇張や誤った説明が飛び交った点で共通する。異なるのは英政府が「離脱」が「残留」を僅差で上回った投票結果を尊重し、離脱手続きを進めようとしていることだ。

「ギリシャは欧州で最も愚かな国とみなされてきたが、今は英国がいる」。ギリシャの大手紙は1年前の国民投票で賛成票を投じた有権者の声を自嘲気味に紹介した。「これでEUも少しはギリシャに対する態度を軟化させるのでは」。アテネで建設会社を経営するアレクサンドロス・エフシミウさん(38)は、EU内部の統合維持への危機感が財政緊縮要求の緩和や債務負担軽減措置の進展につながるのではとの淡い期待を抱く。

ブリュッセルでのEU首脳会議で「英国民投票は欧州に対する(政策転換を促す)ウエークアップ・コールだ」と語ったチプラス氏だが、足元の政権運営は厳しさを増している。

相次ぐ増税策に対し、国民の不満が蓄積。最近の世論調査によると最大野党の新民主主義党に支持率で7~11ポイントのリードを許している。選挙の得票率1位の政党に議会(定数300)で50議席のボーナスを与える現行法の改正を提案するなどなり振り構わぬ姿勢で政権の死守・延命を模索する。

クレタ島のギアヌラキスさんは「暮らし向きが良くなる要素が何一つ見当たらない」とこぼす。1年前の熱狂は雲散霧消し、先の見えない閉塞感がギリシャ社会を覆っている。

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