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通算1000勝目前の白鵬 よき記憶に残る力士も目指せ

10日に初日を迎える大相撲名古屋場所(愛知県体育館)で、横綱白鵬が通算勝ち星1000勝を目指す。大台まであと13勝。先場所は全勝優勝を果たし、目下29連勝中だ。その充実ぶりを考えると、アクシデントがない限り名古屋場所中の達成は濃厚だろう。

私の記録(歴代1位の1047勝)も白鵬にとっては通過点にすぎないのではないか。1100勝は楽々突破するだろうし、1200勝までいくのではないかという気がしている。焦点は達成できるかできないかではなく、どこまで伸ばしていくのかになっている。

名古屋場所に向けて6月29日、本格的に始動した白鵬=共同

こういう記録は大抵、引退間際にやっとのことで塗り替えるケースが多い。私は九重親方(元横綱千代の富士)の1045勝を超えるときはいっぱいいっぱいだったが、白鵬は現役バリバリのまま私の記録を超えていきそうだ。そこに白鵬のすごさを感じる。

世間からの目、一段と厳しく

いずれ記録を抜かれることに、本心から寂しさや悔しさはない。ただし、そういった記録を打ち立てていくほど、世間からより厳しい目で見られるということを指摘しておきたい。白鵬がこれまでに優れた結果を積み重ねてきたゆえに、ちょっとした言動に周りは過敏に反応する。だから、人よりも余計に立ち居振る舞いに気をつけなければならない。

土俵でも、ただ勝てばいいという立場ではない。最多優勝回数の記録など白鵬が打ち立ててきた数々の金字塔にふさわしい勝ち方を周囲が求めるのは当然だ。

だからこそ、最近の白鵬が繰り返すダメ押しや荒々しい取り口への批判の声がどうしても大きくなってしまうのだろう。私も最近の白鵬の相撲に後味の悪さを感じるのは否めない。

立ち合いで相手のほおを張ってからの顔面へのかち上げは、肘打ちのような形になっている。張り手で相手の顔を自分の思うところにずらし、そこにめがけて腕をぶつけにいっている。意識的に顔を狙っているようにしか見えない。

相手は横綱に対してそういう攻めはしてこない。胸を借りるつもりで、思い切り当たっていくのが横綱への礼儀だと思って挑んでいる。そんな相手の思いまで全て受けて立つのが横綱のあるべき姿だと私は思う。

現役時代に貴乃花と対戦したときは、勝敗にかかわらず、常に「全力を出し切った」という気持ちにさせてくれた。だから、余計に強いと感じたし、ほかの力士から尊敬されていた。

今の白鵬はそういう横綱像とは逆で、ただ相手に恐怖心を植えつけているだけの感じがする。反則ではないが、「そこまでやらなくてもいいのに」と思ってしまう。

そもそも、あんな打撃技を使わずとも白鵬は十分に強い。先場所13日目の稀勢の里との全勝対決では相手十分の左四つになりながらも余裕十分に下手投げで下した。ああいうオーソドックスな相撲が本来のスタイルなのに、相手にけがを負わせるかもしれない荒々しい攻めをあえてする理由が私には分からない。あの攻めだと楽に勝てるからなのか。それとも、強さを誇示したいのか。

白鵬の取り口が荒っぽくなったのは「力が落ちたから」「余裕がないことの表れだ」と指摘する人もいるが、私にはとてもそうは見えない。逆に、相撲を楽しんでいろいろなことを試しているだけのように思う。

昨年九州場所と今年初場所の栃煌山戦で遊んでいるような相撲を立て続けに取ったのをみて、そう感じた。九州場所は猫だましで物議を醸し、翌初場所は栃煌山の顔の前に手を突き出して目隠しした後にひらりとかわしたら、相手が勝手に落ちた。あれで私は「白鵬は相撲を楽しんでいるだけだな」と確信した。

現役時代、私も稽古場で若い衆に同じことをした経験があるのでよくわかる。半分悪ふざけだったが、そのときは「触れてもいないのになんで落ちるんだ。相手をよくみていないからだ」と若い衆に教えたかった。

3月の春場所で白鵬(左)に寄り切られた後、土俵下へ飛ばされる嘉風。なぜダメ押しを繰り返すのか理解しがたい=共同

相撲では、何をされても怖がらずに相手をよく見続けなければならない。張り手を食らったり、手を顔の前に突き出されたりしただけで目をつむってしまうようでは話にならない。目をつむると相手がどこにいるかわからなくなるので、簡単に落ちてしまう。

ああいう遊び感覚の相撲を、関取衆は稽古場ではたまに取っている。でも、普通は若い衆を相手にいたずら心でやるくらいだ。一気に持っていかれるリスクがあるから、本場所では絶対にしない。それを、三役クラスの実力者相手に本場所でできるのは白鵬だけだ。力が衰えたどころか、余裕たっぷりなのだろう。

なぜダメ押し繰り返すのか

相撲を楽しんでやりたい放題の白鵬に、誰もついていけていないことが歯がゆい。張られただけで目をつむってあごが上がり、その状態でかち上げられている。立ち合いが遅いから、まともに食ってしまうのだろう。もっと鋭く突っ込まないといけない。張り手の一発で簡単に顔がぶれて、あごが上がってしまうのもいただけない。あの攻めへの対策は、最初の張り手に動じないようにするほかはない。

余裕があるはずなのに、なぜ白鵬がダメ押しを繰り返すのかが理解しがたい。相手の足が俵を割っているのに気がつかないというのは、プロの力士ならあり得ない。顔を張られたときなどにムキになり、理性を保てずにやってしまうのか。土俵の内外に色々な不満やいらだちを抱えているのか。私にはわからないが、どんな理由があろうともダメ押しは土俵下のお客さんに危険が及ぶので慎んでほしい。

白鵬は昔の名力士の映像を見て、相撲の歴史を熱心に勉強していることで知られる。だから、誰よりも相撲道を理解しているのだと思っていた。双葉山を敬愛し、偉大な先人のように何事にも動じない木鶏(もっけい)の境地を目指していたはずだった。横綱に昇進したばかりのころはそういう高みに向かっていくのかもしれないと予感させたが、それは違っていたのだろうか。

どんなことを相手にされても自分を見失わずにしっかり勝負をつけることができれば、批判されることはない。あれだけ強いのに、自分自身で評判を悪くしてしまっているのは本当にもったいないと思う。

いろいろな人の助言に真摯に耳を傾け、研さんを積んでほしい=共同

親方になるための国籍の問題がクリアされてはいないものの、白鵬は将来、指導者になりたいという夢があると聞く。人を指導する立場になると、これまでに何を経験してきたかが問われる。現役時代に残した結果や数字だけで人は育てられない。親方としての器の大きさを身につけるには、これからどういう人生を送っていくかが大切になる。

言動すべて、将来の自分にはね返る

私も30歳を過ぎたころから、自分の言動すべてが良くも悪くも将来の自分にはね返ってくることを意識し始めた。現役のときに不誠実に過ごした者が親方になっても、誰もついてくるはずがないと思ったからだ。白鵬も30代。そろそろ、そういうことを考えるべき年齢だと思う。

よき親方になるためには、いろいろな人の助言に真摯に耳を傾け、研さんを積んでいくしかない。そうやって人としても一段と成長していけば、結果的に数々の記録コレクションの値打ちもさらに高まるはず。これからの土俵人生では相撲史に残る記録をさらに打ち立てていくとともに、好角家の心によき記憶として残る力士を目指してほしい。

(元大関魁皇)

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