震災で浮かんだスポーツの持つ力 J2熊本に思う
大きな災害に襲われた後、そこで暮らす人たちの辛苦に胸を痛めつつ、しばしば感じ入るのはスポーツの持つ力の大きさである。4月14日、16日に相次いで熊本県を襲った地震で苦境に陥ったJリーグ2部(J2)のロアッソ熊本についても、クラブを支える動きにスポーツが取り結ぶ縁の素晴らしさを感じた。

■好調だったチーム、地震で一変
今季の熊本は好調だった。2月28日の開幕戦(対松本山雅)から3連勝し、J2昇格後、初めての首位に立ちもした。その後、2連敗もあったが、4月9日の第7節終了時には5位(4勝2敗1分け=勝ち点13)という上々のポジションにつけていた。
地震で状況は一変した。ホームの熊本県民総合運動公園陸上競技場(うまかな・よかなスタジアム=うまスタ)は支援物資の集積所となり、トップチームから育成の下部組織まで活動は停止を余儀なくされた。チームには被災した選手もいて、試合どころではなかった。断水の間、配給の水を家族のもとに運び続けた、ある選手は「人間って1日にこんなに大量の水を使うんですね」と驚いたそうだ。
ロアッソは、J2リーグ第8節(4月17日)の京都戦から第12節(5月7日)の札幌戦まで、計5試合をスキップすることになった。リーグに復帰したのは5月15日の第13節、アウェーの千葉戦から。熊本のFW巻はかつて千葉の主力選手だったこともあり、千葉のフクダ電子アリーナ(フクアリ)には熊本と巻を励まそうとしてか、1万4163人の観衆が詰めかけた。
続く第14節(5月22日)の水戸戦は、うまスタが使えないため、柏の協力を得て日立柏サッカー場で行った。熊本の池谷友良社長は柏の監督経験もあるOB。北嶋秀朗(現新潟コーチ)ら熊本に在籍した元柏の選手も多い。「熊本地震復興支援マッチ」と銘打たれた試合には8201人の観衆で埋まった。

■4連敗後、金沢に大勝し群馬とドロー
その後もうまスタを使えない状況は続き、第15節(5月28日)の町田戦は神戸の、第17節(6月8日)の金沢戦は鳥栖のスタジアムを借りて試合をした。ホームに腰を据えて戦えないことは成績に反映し、復帰した千葉戦から水戸、町田、岡山に4連敗。
このままどこまで落ちるのかと心配されたが、金沢に5-2で大勝し、ようやくファンに待望の白星を届けることができた。第18節(12日)の群馬戦は1-1で引き分けた。
19日の讃岐との第19節のホームゲームも鳥栖で試合をする。7月3日第21節のC大阪戦から、うまスタを使う予定でいるが、それまでに安全性の検査を無事クリアできるかどうか。
地震に見舞われてからの支援の動きを見ていると、誇らしく思えるのはサッカーを愛する人たちの仲間を思う気持ちだ。千葉にしても柏にしても、困っている仲間のために、スタッフ、サポーター、ファンがクラブの垣根を越えて熊本の支援、応援に駆けつけた。自分のひいきのクラブではないけれど、熊本の窮状を何とかしたいと強く願う人たちも集まってきた。そうでないと1万4千人とか8千人という数字にならないだろう。

聞けば、千葉や柏の集客には、関東における熊本県人会のような組織もサポートしてくれていたとか。そういう愛郷心に訴えかける良さがJリーグ、Jクラブにはあるということだろう。Jリーグは創設から20数年がたつけれど、このDNAはいつまでも大事にしたい。
クラブ経営の面からいうと、ホームの試合をよその土地でやり続けるのはかなりの負担になる。本来なら必要のない出費、例えば選手や監督、コーチに加えて社長や運営スタッフの旅費や宿泊費もかさむことになる。その穴埋めだけでも経営を圧迫する要因になる。もともとJ2には運営資金が潤沢なクラブなどそうはない。地方のクラブはスポンサーに地場産業が多いが、そういう会社も地震にダメージを受けている可能性は高い。
■この熱気、一過性で終わらせるな
Jリーグは6月の臨時理事会でロアッソへの支援策として地震に伴う損失分を補填したり、新たな融資制度の創設などを決めたりしたが、必要なことだと思う。
私個人は、フクアリや日立台(日立柏サッカー場)で見た熱気を一過性に終わらせるなと強調したい。困った人を助けようと寄付したりするのは立派な行為だが、困っているクラブに対する一番の後押しは試合を見に行くことだろう。試合に足を運べば、入場料収入という直接の実利をロアッソにもたらすことができる。そこでくまモンのタオルとか、グッズの一つも買ってほしいと思う。一村一品運動じゃないけれど、一人一品運動でロアッソを支えればいい。
序盤の貯金が効いて、4連敗してもロアッソが降格圏にいないのはすごいこと。しかし、もし、ロアッソに降格という心配があるのなら、何らかの救済策を今から議論してもいい気がしている。秋の訪れとともに慌てて持ち出しても、その時点でJ2残留を争うクラブが怒るのは目に見えているからだ。
どんな案をひねり出しても「出し遅れの証文と同じ。今更遅い。公平さに欠ける」などと反対論が出て、実際に救済策を打ち出すのは難しいのかもしれない。
しかし、地震大国日本では、いつどこが熊本のような目に遭うか分からない。東日本大震災のように国としての機能に支障が出れば、スポーツの興行全体が一斉にストップする。となれば、再開も同時だからクラブ間に不公平はない。が、ロアッソのように1クラブだけに強烈なしわ寄せがくるケースでは、無理にレースに参加させること自体がアンフェアな気もする。何をもって「公平なレース」というのか、将来のことも考えて、議論があってもいいのではないだろうか。

■熊本J2残留なら優勝に値する
ロアッソの戦いからは必死さが伝わってくる。背負っているものが違うエネルギーというか。それが良さとして発揮されるケースもあるが、率直に言って、復帰直後のロアッソと戦えたチームはある意味でラッキーだったと思う。4連敗中のロアッソは明らかに気負って空回りしていた。コンディションは相当悪いのに気持ちだけが先走り、中盤以降にガス欠を起こして負けていた。
地震の被害のただ中で戦い続け、もしロアッソがJ2に残留することができたら、私はそれは優勝にすら値すると思う。必死さを一滴も残さずに戦うロアッソの試合に勇気づけられる人もいるだろう。しかし、現実は常に容赦ないから、この先に待っているものを想像すると心配にもなる。J2の最終節は11月20日と決まっているから、スキップした5試合分はどこかに割り込んでくる。先に行けば行くほど日程は過密になる。よそから選手を取ってくるのも資金的に難しいだろうから今いるメンバーでとにかく頑張るしかないのだろう。
被災して苦しむ人たちにとっては「サッカー? なんだそれは。こっちはそれどころじゃない」という心境かもしれない。しかし、私はスポーツには旧に復する力というか、一度崩れた日常を元に戻す、立て直していく力があると思っている。日常を取り戻した指標にもなると思っている。一刻も早く、うまスタに、子供たちの歓声が響くことを願っている。
(サッカー解説者)