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全仏の雨に浮かんだ女王の憂鬱、王者の英気

雨、雨、雨――。大会終盤にはセーヌ川も氾濫し、今年の全仏オープンは雨にたたられた。準々決勝以降は曇りだったが、最高気温が15度程度では、水をたっぷり吸った土が乾くこともなく、怖いもの知らずの伏兵やパワー自慢が勝ち残った大会となった。決勝で敗れた女王セリーナ・ウィリアムズ(米国)はやや衰えを見せた感があるが、王者ノバク・ジョコビッチ(セルビア)は四大大会全制覇を達成し、わが世の春を楽しんでいる。

S・ウィリアムズはムグルサに力負け。「私は穴が多かったな」=共同

真っ向から打ち込んだムグルサ

今大会、一番面白かった試合は女子決勝だろう。前回がいつだったか思い出せないほど久しぶりに、34歳が打ち負けたからだ。「セリーナ最大の敵はセリーナ」と言われたように、セリーナが負けるのは、自分の強打がコートに入らない時だ。プレッシャーで腕が振れなくなり、さらにミスが増えてイライラして自滅というパターンだった。

大半の選手はセリーナをいらつかせるスローな展開を狙うのだが、22歳のガルビネ・ムグルサ(スペイン)は真っ向から打ち込んだ。きゃしゃに見えるが182センチもあるムグルサはクレー育ちだ。ただ、緩急を使い、コートの上下左右と空間を最大限に利用するようないわゆる「クレー巧者」というのではなく、強打で勝負できる選手だ。そのムグルサがセリーナのお株を奪うパワーで打ち砕いた。

セリーナのコーチは、試合後に「主導権自体はセリーナにあった」と言ったという。「(その言葉を)私も聞いた。それが彼の仕事だから、そう言うわよね。私の意見は違う。私のテニスがずっと圧倒していた」とムグルサ。

セリーナ本人は「やられた」ことが分かっていた。内転筋に違和感があったとも言われたが、「関係ない」と一蹴した。「何が2人の差だったのかしら? 重要な局面で彼女の方がよかったかな。サーブやリターンがちょっとよくなかった。私は穴が多かったな」。激しい打ち合いのあげく、力で押し切られたのは久しぶりだけに、簡単には答えが見つからないようだった。

ムグルサは「私のテニスがずっと圧倒していた」と語った=共同

セリーナ、勝利への欲が衰えた?

2度目の四大大会4連勝を果たした昨年のウィンブルドン(決勝の相手がムグルサ)以降、セリーナはシュテフィ・グラフ(ドイツ)に並ぶ四大大会通算22勝(プロ選手の出場を解禁した1968年のオープン化以降)に王手をかけていたから、ちょっと物足りない。

昨年全米オープン準決勝はプレッシャーから、ノーシードの32歳の選手相手に自滅、年間グランドスラムも逃すと、昨シーズン残り全試合を欠場した。1月の全豪オープン決勝も「なぜそのタイミングでそのショットを選ぶ?」という不可解なプレーの連続で、アンゲリク・ケルバー(ドイツ)が初優勝を手にしている。今季初優勝を飾るまで5カ月も費やした。

肉体的な衰えより、勝つための"欲"が薄れているような気がする。全仏決勝でマッチポイントを4回しのいだが、逆転できなかった。昨季の今ごろは「逆境に強いセリーナ」と言われていたのに……。

女子選手は私生活がうまくいかなかったりすると、途端にランキングを落とす選手は珍しくなく、世界トップ10の入れ替わりが激しい。その中でケガで長期離脱した以外、安定してトップ10にいるのがセリーナと、ドーピング検査で2年間の出場停止(スポーツ仲裁裁判所に提訴中)となったマリア・シャラポワ(ロシア)だった。

全仏で初優勝し四大大会全制覇を達成したジョコビッチ。年間グランドスラムも見据える=共同

ムグルサには2人に次ぐスター性はありそう。陽気で話がおもしろく、容姿もいい。コート上で試合中にアドバイスをしてくれたコーチに対し、「(私も分かっていることを言わないで)私が知らないことを言ってよ!」と一喝した気の強さも魅力的だ。全仏では感情的にならないよう気をつけたのも勝因と言っている。

負ける選手見当たらぬジョコビッチ

「私は野心的だし、競争が好き」というムグルサがこのままスター街道を歩むか? 昨年全米オープン覇者のフラビア・ペンネッタ(イタリア)は優勝インタビューで引退を表明、ケルバーは全仏1回戦敗退……。ある種の"燃え尽き症候群"に陥る女子選手は少なくない。

男子は結局、ジョコビッチが大会初優勝に輝き、キャリアグランドスラムを達成した。4~5月、クレーコートで行われたマスターズ・シリーズではモンテカルロ大会が2回戦負け、ローマで行われたイタリア国際の決勝ではアンディ・マリー(英国)に敗れた。優勝したマドリード・オープンでもローマでも錦織圭(日清食品)には苦戦している。

試合が続いた精神的疲弊と、全仏に向けてやや加減してプレーしていたからだろう。しかし、全仏では心技体がカチッとかみ合っていた。全仏決勝では、「リズムをつかみ、意図したようにプレーするまでに少し時間がかかった」とジョコビッチ。第1セットは落としたが、リズムさえつかめば、現時点でジョコビッチが負ける選手はいなさそうだ。

「今年はなんか違う気がした。観客、ボールボーイたち、大会関係者との関係がね。強い絆みたいなものを感じたんだ」とジョコビッチ。ロジャー・フェデラー(スイス)が欠場、ラファエル・ナダル(スペイン)が棄権。ここ3年近く不動の王者として君臨するジョコビッチがついに、人気の面でも追いついてきたのかもしれない。

五輪と四大大会制覇も「達成しうる」

そして、ジョコビッチは、フェデラーとナダルもなし得なかったものを見せてくれるかもしれない。

「テニス選手として究極の挑戦」とジョコビッチが話すのは、四大大会を1シーズンですべて制する年間グランドスラムだ。達成すれば、男子では1969年のロッド・レーバー(オーストラリア)以来。今年は8月にリオデジャネイロ五輪がある。これも制すると、テニスが五輪競技に復帰した1988年(ソウル五輪)にグラフが達成しただけの、四大大会と五輪をすべて1年間で制する「ゴールデンスラム」も見えてくる。

「傲慢に思われたくないが、人生ではすべて達成しうる。今のところ可能性でしかないけれど」とジョコビッチ。リオ五輪前後はマスターズ・シリーズが2大会に全米オープンと続き、スケジュールはきつい。たぶん、マスターズ・シリーズ1大会を欠場して備えるだろう。

次の四大大会、6月下旬に始まるウィンブルドン選手権もジョコビッチが2連覇中だ。穴は見当たらないが、彼も人間だ。初めてキャリアグランドスラムがかかった昨年の全仏は決勝で敗退。今年の全仏決勝も第1セットを落とした理由を「緊張していた」と語っている。

自然環境に左右されやすい全仏、ウィンブルドンは想定外なことが起きやすい。ウィンブルドン期間中、英国らしくない快晴続きなら、土が乾き、芝がはげてくる2週間目に入る頃には、クレーのようなはねるコートになる。芝は苦手とされるクレー巧者の錦織やスタン・バブリンカ(スイス)ら、伏兵たちの一刺しに期待しよう。

(原真子)

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