震度7で分かれた事業拠点「明と暗」
熊本大地震の教訓(3)

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2016/6/27 6:30
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日経アーキテクチュア

熊本地震では多くの企業が操業停止状態に陥った。事業継続計画(BCP)を指針に復旧に当たっている企業は多い。大規模地震の発生が少ないといわれた熊本地域だったが、油断を怠らなかった組織の事業再開は早かった。

2016年4月16日未明、震度7の「本震」に襲われた熊本県。激しい揺れは阿蘇市に工場を構える化学メーカー、東京応化工業(川崎市)の経済活動を直撃した。

被災した阿蘇工場が竣工したのは2000年。液晶ディスプレー用材料などを製造する。延べ面積約1万6000m2(平方メートル)の工場は、4つの平屋建ての生産棟を抱える。生産棟は有機溶剤を使用する危険物製造所のため、建屋壁面は爆発に備えて強固に、天井は衝撃が上に抜けるように軽く造られていた。

阿蘇工場は天井などに一部被害が出たものの、設備に詳しい社内の担当者が確認したところ「躯体(くたい)に問題なし」との判断だった。危機管理事務局を兼ねる広報部の安生洋己部長は「危険物製造所なので元から頑丈なつくりだった。この構造が奏功して前震(4月14日)・本震を受けても生産棟には大きな被害が出なかった」と説明する。

東日本大震災後に配管やタンクなどの取り付けを厳重に点検していたことも被害を最小限に抑えた。

■東日本大震災から学ぶ

しかし、自社の備えでは対応できないトラブルに見舞われる。九州電力からの給電の停止だ。阿蘇地域は大規模な土砂崩れで送電線を支える鉄塔が損壊。雨天が続き、早期復旧は厳しかった。

状況確認後の東京応化工業の判断は早かった。16日のうちに各部門の本部長を集めて立ち上がった対策組織は、阿蘇工場の操業維持に必要な電力を試算し、すぐに対応策を打ち出した(図1)。

図1 情報の錯綜を避けるため、4月16日に編成された対策本部では危機管理事務局が情報を一元化して営業本部など顧客に近い部署に伝えた(資料:東京応化工業の資料をもとに日経アーキテクチュアが作成)

図1 情報の錯綜を避けるため、4月16日に編成された対策本部では危機管理事務局が情報を一元化して営業本部など顧客に近い部署に伝えた(資料:東京応化工業の資料をもとに日経アーキテクチュアが作成)

東京応化工業は即座に、相模事業所(神奈川県寒川町)などから発電機車を阿蘇工場に送った(図2)。阿蘇工場は4月25日から、大小10基ほどの発電機車を用いて生産再開にこぎ着ける。九電が給電復旧する4月28日よりも3日早い回復だった。

図2 阿蘇工場に発電機車を集めて電源を確保。東日本大震災で経験した計画停電の影響から、東京応化工業のBCPでは迅速な給電復旧の重要性を盛り込んでいた(写真:東京応化工業)

図2 阿蘇工場に発電機車を集めて電源を確保。東日本大震災で経験した計画停電の影響から、東京応化工業のBCPでは迅速な給電復旧の重要性を盛り込んでいた(写真:東京応化工業)

この対応の早さは、東日本大震災後の計画停電で相模事業所の電力が絶たれた経験から学んだ。温度管理などが重要な工程が多いため、電源を喪失すると再稼働まで約1週間を要する。自社の発電機車だけでは生産ラインの電力が賄えないと判断したため、調達部門が九州地域の協力会社から発電機車を借り受けた。

危機管理事務局の大橋秀夫課長は「日ごろから『どの協力企業が、どこに緊急の電力を保持しているか』を確認していた」と話す。

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