「3番手」から五輪切符 柔道・原沢久喜(上)

2016/6/11 6:30
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4月30日に自分が何をしていたのか、原沢久喜(日本中央競馬会=JRA)には確かな記憶がないという。わずかに思い出せるのは自室に籠もって飯も食わず、悔しさを胸に柔道について考えていたこと。それがリオデジャネイロ五輪男子100キロ超級への出場が決まった翌日のことだった。

連覇を逃した4月の全日本選手権まで、1年間負けなしだった

連覇を逃した4月の全日本選手権まで、1年間負けなしだった

全日本選手権の連覇逃し「開き直る」

晴れがましい気分になれないのも当然だろう。優勝候補筆頭として臨んだ前日の全日本選手権は準決勝で敗退。負けもこたえたが、腰の引けた柔道をした自分が情けなかった。「大内刈りも体が逃げるように入っていた。もう一歩前に出られなかった」

負けても五輪当確という情勢、追われる立場になって感じた重圧が雑念を生んだのか。とはいえ元来は一日寝れば悩みも吹き飛ぶという性格。煩悶(はんもん)の末に出た結論は「もう開き直るしかない」。五輪を目指して駆け抜けてきたこの1年間のように――。

原沢の進撃が始まったのは、2015年4月の全日本。大の苦手だった王子谷剛志(旭化成)、第一人者の七戸龍(九州電力)らを破って初の日本一に輝いた。ただ、直後に発表された世界選手権代表リストに原沢の名はなかった。

前年の世界選手権銀メダルの七戸に評価が及ばないことは覚悟していた。が、同時に行われる団体戦に王子谷が選ばれたことは、リオ五輪選考レースで自分が3番手であることを意味していた。失意の原沢にJRA監督の賀持道明が言い渡す。「これが選考のスタート。ここからは全てが負けられない試合だぞ」

ここから五輪代表になるまでの1年、全日本王者は強かった。特に組み手は進境著しく「以前は適当に持てるところを持って技を掛けたけど、相手が嫌がるところを突けるようになった。例えば背負い投げが得意な相手には(つり手で)胸のあたりを引けば回転できなくなるとか」。

得意の内股に入る予備動作としてもバリエーションが広がった。日大時代の恩師である金野潤も成長を認める。「組み手はロケットの発射台。いろんな角度から打てるようになれば相手にとっては嫌なものだから」

双肩に最重量級復権の重責

攻守に緻密さが加わった結果、今年4月の全日本選抜体重別まで国内外で6戦全勝。全日本の連覇を逃すまで1年間負けなしで、王子谷も七戸も一気に追い抜いた。

下克上の男に死角があるとすれば、「チャレンジャー体質」が抜けないことか。世界ランク上位者が集った5月末のマスターズ大会で3位に終わった際も、代表監督の井上康生から「自覚が甘い。最重量級はみんなの思いを背負うもの。全てをかけているという姿勢が伝わってこない」と厳しく指摘されている。

失うものが何もなかったこれまでとは違い、日の丸をつけて戦う責任は重い。「まだ実感はないけど、でも国を背負って戦うというのはすごく大きなものがある」。重圧を力に変えられるか。答えは2カ月後にリオで出る。

(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊6月6日掲載〕

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