スケート靴脱いだ高橋大輔、「エンターテイナー宣言」
氷上から舞台へ ダンスに挑む

氷上から舞台へ。元フィギュアスケート選手の高橋大輔さん(30)が、フロアの上でダンスに挑戦する。6月末から東京で開かれる世界初演のダンスショー「ラブ・オン・ザ・フロア」にゲストダンサーとして出演する。バンクーバー五輪男子シングル銅メダリストがスケート靴を脱ぎ、どんなパフォーマンスを見せてくれるだろうか。(聞き手は編集委員 吉田俊宏)

――「ラブ・オン・ザ・フロア」は米国のトップダンサー、シェリル・バークさんが構成、演出、主演するダンスショー。クリスティー・ヤマグチさんをはじめ、米フィギュアスケート界のメダリストたちが出演します。5月23日までの1週間余り、米ロサンゼルスで初練習をしてきたそうですね。
「全く畑違いの挑戦ですから、どんな準備をすべきか、シェリルさんに尋ねたのです。返事は『何もしないで。体づくりだけやっておいて』。我流でやると、変なクセがつくからということでした」
「実際に練習してみて、氷上と陸では体の使い方が全く違うのだと改めて気づかされました。氷の上では、スケート靴を履くので、足に重りがついた状態で動いていたわけです。重りによる遠心力で体をひねったり、ステップをしたりしていた。スケートのエッジを倒すことで、バランスを崩して大きく見せるという動きもあった。陸の上では、それが当然できない。すべて自分で動きをコントロールしなくてはいけないのです」

――シェリルさんが高橋さんに求めているものは何でしょう。
「ダンスの上手、下手ではなく、彼女の思う高橋大輔を舞台上で表現してくれればいいと考えているようですね。スケーターならではの表現とフロアの踊りの融合、化学反応が期待されている」
――どんな舞台になりそうですか。
「まだ僕にも明かされていない部分が多く、本番までに詰めていくことになります。とにかくダンスの種類が多く、それも場面によって違うし、混ざっていたりするから大変ですよ。フラメンコ、チャチャチャ、コンテンポラリー、ジャズ……。きっとヒップホップもあると思う」
「その中で、僕はナレーター、語り部という位置づけになる。いわば狂言回しとして、他のダンサーたちと絡んでいく。つまり最初から最後まで出番があるんですよ」
――今回はソロだけでなく、ペアで踊る場面も多いそうですが、フィギュアの競技ではソロが多かったのでは?

「ペアの経験はほとんどありません。ここまできっちりと取り組むのは初めてといえますね。今回の練習でやりましたが、相手によってタイミングの取り方が違うし、持ち上げるポイントも違うんですよね」
「自分の身長がもっと高かったらいいのですが、ペアで組む相手の女性の身長によっては、僕が正面を向いたときに相手の頭で僕の顔が隠れてしまう。だから頭を横にずらして、顔が見えるようにしなくてはいけないと何度か注意されました」
「舞台では正面から見た印象を重視するんですね。スケートは360度、全方向から見られるので、自分の体が全体として良く見えればいいと考えてきたのですが、正面から良く見えなくてはいけないという発想は経験がない。意識の転換が求められます」
――28歳で現役を引退した高橋さんが、このショーに出ることになった理由は?

「実は現役時代から出演のオファーを受けていて、お断りしていたのです。ダンスへの興味はあったけれど、フロアの上、しかもお客さんの前で踊るなんて、考えたこともなかった」
「現役を引退してから、米国のニューヨークに行っていました。主に英語の勉強が目的で、時間があるとダンススタジオにも通いましたが、ダンスを習うというのではなく、単に自分で踊るだけでした。今後スケートをやるかどうかさえ、ちょっと悩んでいました」
「そのうち、いったい自分は何をやっているんだろうという思いが募ってきて、やはり帰国してスケートを軸にやっていこうと決めました。スケートにかかわりながら、いろんなことにチャレンジすれば、何かが見えてくるはず。そう気持ちを切り替えたとき、今回の『ラブ・オン・ザ・フロア』のお話をいただいたのでお受けした。チャレンジすべきだなと思ったのです。プラスになると信じています」
――今後、陸の上のダンサーとしての道をさらに追究していく可能性は?
「分かりません。スケートではきれいに見せられたのに、フロアの上できれいに見せるのがこんなに大変なのかと今は思っています。『ラブ・オン・ザ・フロア』の本番が成功したら、きっともっとやりたいなと思うのかな。しかし、本当にダンスに取り組むとなると、もっとスキルを勉強しなくてはいけない」
「現役最後の2年間、バレエを習いました。ソチ五輪の前です。バレエはダンスの基本だと痛感して、小さいうちからやっておけば良かったと後悔しましたね」
――マイケル・ジャクソンさんやマドンナさんに認められ、世界的に活躍する日本人ダンサーのケント・モリさんが、ダンスをするときに意識するのは「体の軸ではなく、体の中のある一点。重心のようなもので、自分にしか分からない点がある」と明かしてくれたことがあります。
「僕にはまだそれはないかな。これだと思っても、またすぐにちょっと違っていたかなと迷ったりする。そのときの体のバランスによって微妙に重心が変わったりするんです。気づかないうちに体がゆがんでいたりしますしね。まずは自分の体を知ること、常に意識しておくこと。それが大事なのでしょう」
「ただ、ケントさんのおっしゃる線ではなく、点であるという感覚は分かります。アンバランスな方がバランスがいいと思っているんです」
――フィギュアスケートとダンスの共通点は何でしょう。
「当然ですけど、表現することかな。ダンスでも、歌でも、文章でも、伝えるという気持ちに変わりはないと思うので。そもそも僕はみんなが見てくれるから、喜んでくれるからスケートをやってきた。喜んでくれる顔が見たいのです」
――もともとエンターテイナーの志向があるのですね。
「よくよく考えるとそうですね。スケートを始めたのも誰かに喜んでもらいたかったからかもしれません。エンターテイナー、いいですね。プロフィギュアスケーターという呼ばれ方は、自分としてはどうも釈然としない部分があった。エンターテイナーとしてスケートができればいい」

「今回の『ラブ・オン・ザ・フロア』のように、じっくりと稽古して、長い時間をかけてみんなで作り上げていくショーに対するあこがれは以前からあったのです。しかも1日や2日でなく、長期間にわたって公演する。スケートのアイスショーには出演していますが、みなさん忙しいし、あまり時間をかけて準備できないのです。アイスショーにも違うアプローチがあってもいいのでは、と考えていたところなのです」
「(若手の)育成と言う意味では、オリンピックチャンピオンを目指すのではなく、ショーを目指すスケーターが出てきてもいいのではないかと思っています。ジャンプが跳べなくても、すごい表現ができる人はたくさんいる。そんな中でレベルの高いスケーターが増えて、良いエンターテインメントができたらいい。そんなことは漠然と考えているんです。その意味でも『ラブ・オン・ザ・フロア』は重要な舞台になると思っています」
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