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再雇用、シニア社員を生かすために

経済コラムニスト 大江英樹

改正高年齢者雇用安定法が2013年に施行されて以降、企業において定年を迎えた社員が希望すれば最長65歳まで雇用することが義務付けられました。これによって多くのサラリーマンが定年後も再雇用という形で会社に残って仕事を続けています。

私自身も定年後、独立するまでの半年間だけ再雇用で働いた経験があります。私の経験から言いますと現状ではこの再雇用、必ずしも良い制度ではないと思っています。もちろん、この制度をうまく活用して充実した仕事生活を送っている人もいるとは思いますが、再雇用で働いている人たちの話を私が聞く限りでは、あまりうまくいっているとはいえないようです。多くの企業はどうも根本的な部分が欠けているのではないかという気がするのです。それは「再雇用者の仕事に対する動機付け」です。

日本のサラリーマンが会社の仕事をする上での最大のインセンティブは何でしょう? それは必ずしも報酬だけではありません。サラリーマンが昇格して何が一番うれしいかといえば、給料が増えることよりも自分の責任と権限の範囲が広がることではないでしょうか。

課長になれば部下ができて組織を受け持ちます。課長から部長になれば担当する組織や人数がさらに大きくなります。特殊な技術を持った専門職のような仕事でない限り、人は自分が差配でき得る範囲の大きさによって働く意欲が高まっていくものなのです。

再雇用というのは基本的には一介の社員や契約社員としてスタートすることになります。今まで管理職だった人が一兵卒になるわけですから、権限も責任も大きく縮小するのは当然です。それを嘆いてみてもしょうがありません。しかしながら、たとえ「権限と責任」は小さくなったとしても一定の役割を与えられたら、人間というのはそれなりに頑張るものです。特に日本のサラリーマンはそうです。

仮にその権限と責任があいまいだったり、ほとんど何も与えられなかったりしたらどうでしょう? 誇りを傷つけられて自信の喪失につながるのではないでしょうか。私自身、再雇用で長く働くつもりはなかったのですが、それでも仕事をする以上、自分の責任と権限をはっきり聞かせてほしいと思って、当時の上司や人事部に聞きましたが、明確な答えは返ってきませんでした。「まあ、あまり堅苦しく考えなくてものんびりやってもらったらいいですよ」と言わんばかりの雰囲気でした。

いくら再雇用制度があったとしてもこういうところで会社の本音が出るものです。特に大企業においては、60歳以上のシニア社員の多くはあきらかに戦力外とみなされることが多いのです。大企業は新卒で優秀な若い人をいくらでも採用できますから、本当はシニア社員を再雇用したくないのでしょう。法律で義務付けられているから仕方なく雇用を継続している会社は少なくないとみられます。

再雇用はそれはそれで割り切ってのんびりと過ごすというのも一つの考え方かもしれませんが、働く人間にとってあまりにも面白くありません。日本はこれから労働力が減少していくわけですから会社としても女性の活躍推進と同じぐらい、シニア社員にきちんと働いてもらうことを考えるべきだと思います。

事実、企業の中にはシニア社員が生きがいを持って働けるよう、環境を整備しているところもたくさんあります。ひとつ例を挙げると自動車のホンダです。同社は16年度中に定年を60歳から65歳まで延長し、高い技術を持った社員を現役時代同様に活躍できる場を与える試みを進めています。普通は中小企業の方がシニア社員を活用する仕組みづくりに熱心ですが、大企業でもこういう取り組みが増えつつあることは歓迎すべきです。

シニア社員も立派な戦力です。報酬に見合った分の責任と権限をきちんと与えることによってやるべき仕事の成果を求めれば、きっと意欲を持って働いてくれると思います。シニア社員を生かすも殺すも人事政策次第といえるのではないでしょうか。

 「定年楽園への扉」は隔週木曜更新です。次回は8月11日付の予定です。
大江英樹(おおえ・ひでき) 野村証券で個人の資産運用や確定拠出年金加入者40万人以上の投資教育に携わる。退職後の2012年にオフィス・リベルタスを設立。行動経済学会の会員で、行動ファイナンスからみた個人消費や投資行動に詳しい。著書に「定年楽園」(きんざい)など。近著は「投資賢者の心理学」(日本経済新聞出版社)。CFP、日本証券アナリスト協会検定会員。
オフィス・リベルタス ホームページhttp://www.officelibertas.co.jp/
フェイスブックhttps://www.facebook.com/officelibertas

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