/

「5000年に1度」の奇跡 レスター優勝の衝撃力

フットボールライター 森昌利

今季のプレミアリーグを制したレスターを最もよく知る英国の記者といえば、地元紙「レスター・マーキュリー」の番記者ロブ・ターナー氏だろう。地元の熱狂的なファンのために、連日レスターだけを追いかける日々を7年間、過ごしてきた。

そのロブが7月7日に本を出版する。七夕に出る書籍のタイトルは「5000-1」だ。昨年7月8日のピアソン前監督解任に始まる今季のレスターの「奇跡の軌跡」を描いたドキュメントである。すでに日本での出版も決まっているらしい。

5月15日にプレミアリーグの全日程が終わり、翌16日には人口30万人の都市で24万人の人出を記録した優勝パレードが行われ、歓喜に包まれた。

岡崎慎司は自身、バーディーやマレズに水をあけられた思いが強く、最終戦のチェルシー戦直後は「悔しい」を連発したが、レスターのユニホームを着た群衆でぎっしり埋まった2キロの青い道のりを90分もかけてのろのろと進んだ2階建てバスの上では満面の笑顔だった。

特設ステージが組まれたビクトリアパークでのフィナーレの後、「市民の方たちがみんな、すごくうれしそうな顔をしていた。あれだけの人が本当に喜んでくれているのを見て、初めてチームとしてすごいことをしたんだと実感した」と話し、奇跡の優勝の喜びをかみしめた。

ブックメーカーの驚がくと後悔の大きさ

さて、本題の「5000-1」である。今季のレスター優勝に英国のブックメーカー(賭けや)がつけた5001倍というオッズは日本でも話題となり、奇跡の優勝の尺度として繰り返し使われたと聞いている。しかし、英国からその報道を見ると、本国での実感は伝わっていないように思える。

例えば、日本のあるテレビ番組では「ネッシーが実在するというオッズが501倍」、「エルビス・プレスリーが現在も在命していれば2001倍」という英ブックメーカーによる破天荒なオッズが紹介され、「レスターの倍率はそれらのありえないとされる賭けのオッズよりもはるかに大きいのです」と解説していた。

この説明でも、レスター優勝のオッズのでたらめさは何となくわかるが、この程度ではやはり理解が浅すぎて、英ブックメーカーの驚がくと後悔の大きさを伝え切っていない。

まず初めにはっきりさせておかなくてはならないのは、このオッズは「ブックメーカー自身がつけたものである」ということだ。

つまり「プレミアリーグの優勝争い」という賭けに集まった賭け金の総額から割り出された倍率ではなく、ブックメーカーが独自につくったものなのだ。

もちろん、彼らにはオッズをつくるための優れた情報収集能力があり、ノウハウがある。胴元というのは、どこの国でも決して損はしない仕組みになっているものだ。英国内でもブックメーカーといえば、人にギャンブルをけしかけ、その生き血を吸う悪魔のような存在ともいわれる。

ところが、今回のレスターの場合は逆に大出血を強いられる結果になった。

想像してほしい。例えば、あなたが事業主で、100円のもうけを得るために50万円のリスクを負う商売をしなければならないといわれたら、どう思うであろう。

そんなばかなリスクを負う商売なんてありえないと思うに違いない。

ところが、今回のレスターの5001倍の払い戻しは、まさしく50万円をエサに100円を得るという論理を英ブックメーカーが実践して起こったものなのである。

多勢に無勢というニュアンス明確に

まずはこの5001倍を英国で表示される「5000-1」に戻してみよう。すると、この倍率が尋常でないことがみえてくる。

英語でいうと「ファイブサウザンド・トゥ・ワン」。5001倍に膨れ上がるという倍率以前に、5000に対する1という意味合いになり、1で5000に挑む、そんな多勢に無勢というニュアンスが明確になる。

日本流に「5001倍」と倍率でいわれたら、当たったときの配当をイメージし、なんとなくロマンチックな感じもするが、英語の世界では、まずその前に5000分の1の確率に賭けるという、むちゃくちゃな勝負に挑む感覚が先に浮かび上がる。

ついでにいえば、英国で「アゲンスト・ザ・オッズ」(against the odds)、つまり「オッズに逆らう」という表現は、たいてい不利な戦いを挑むという意味合いで使われるもので、それは当然オッズの倍率が大きくなればなるほど無謀さが増すことになる。

つまり、英ブックメーカーにとって、今回のレスター優勝の確率は「プレミアリーグを5000回戦って1度優勝する」というものだった。言い方を変えると「5000年に1度の出来事」なのである。

もし過去に起こっているとすると、紀元前3000年の古代エジプトやメソポタミア文明の時代までさかのぼることになる。日本はまだ縄文時代。こう記せば「5000-1」がブックメーカーにとって「レスター優勝は絶対にありえない」という認識だったことがよく分かる。

「全くもって、予想すらしなかった。うちはレスター優勝に関して、1000-1以上の賭けを619件受けており、その払い戻しは300万ポンド(約4億8000万円)を優に超えている」

そう語るのはオンラインでは英最大のブックメーカー「ベット365」の広報マン、スティーブ・フリース氏だ。

彼は今回のレスター優勝に関し、「スポーツベッティング(スポーツ賭け)の世界で史上最大のショック」と開口一番に言った。このコメントの「スポーツベッティング」の箇所を「ブックメーカー」に置き換えた方がしっくりくるだろう。

要するにレスター優勝のオッズは、50万円のエサでもつけないと100円でも売れない商品だったのである。けれども、ブックメーカーとしては「不可能」「絶対にない」と判断しているので、この賭けに乗ってくる顧客は全員、店やサイトへお金を捨てにやってくる「カモ」のはずだった。

もちろん、オッズは変動する。本拠地での開幕戦となったサンダーランド戦を4-2で快勝し、次節、アウェーでのウェストハム戦で岡崎がプレミアリーグ初ゴールを決めて2-1の勝利を飾ると、「5000-1」は「2500-1」と半分のオッズになった。

それでもまだブックメーカーにすれば、レスター優勝に賭ける客は、カモがネギを背負ってやってくるようなもので、ただで金をいただく感覚だった。ところが結果的には反対に手ひどくカモられた。

レスター優勝で、300万ポンドを支払ったとされるのは「ベット365」だけはない。2700軒の英国最大の支店数を誇る「ラッドブロークス」もそうだ。

ただし彼らには、店頭に臨時ポスターを飾って「今季のレスター優勝で300万ポンドの払い戻し」と大々的に宣伝するたくましさもある。誰かが賭けに勝って大金を得たという話は、生き血を吸うブックメーカーのイメージを和らげ、新たな客寄せになるからだ。

来季のレスター優勝オッズは現実的

もっともブックメーカーは、アザールをはじめとする若き中心選手の成長が期待され、2連覇が確実視されたチェルシー、スターリング、デブルイネらの大型補強を実施したマンチェスター・シティー、名将の哲学を選手が吸収したとみられ、ファンハール監督の2年目に期待が膨らんでいたマンチェスター・ユナイテッドなど本命の優勝に賭けられた大金は全てのみ込んだ。

たいがい、こうした大穴決着になると、本命にプールされた多額の賭け金の全額がブックメーカーの純益に変わり、大もうけとなるが、今回のレスターの5001倍の場合は、それでも大赤字になる激烈な倍率だった。

「シングルベット(単勝)の記録としては間違いなく史上最高の倍率になった。もちろん今後、この記録が破られることはないでしょう」とベット365のフリース氏は話している。

来季の優勝オッズを見ると、現段階ではまだチャンピオンシップ(2部リーグ)のプレーオフ勝者(昇格チーム)が決まっていないので、19チームでのオッズになるが、最高オッズは「ベットフォード」がウエストブロミッチにつけた「1750-1」(1751倍)。これでも不可能に近い倍率だが、逆読みすると、きっとこのくらいに留めておけば、赤字は出ないというオッズなのだろう。

ちなみに来季のレスター優勝のオッズは「20-1」(21倍)から「30-1」(31倍)の間。5001倍だった今季とは比較にならないほど、きわめて優勝の現実性があるオッズになっている。

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連企業・業界

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン