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日本の夏、もはや「エアコンなし」がダメな理由

夏に備える家づくり(6)

日経アーキテクチュア

何かと目の敵にされるエアコン冷房。それでは、エアコンなしで人間は夏を乗り切れるのだろうか。エアコン冷房は、ただのゼイタクなのだろうか。住宅の省エネルギー性能を客観的に調査・分析している東京大学准教授の前真之氏に解説してもらう。

米国では湿球温度の快適上限21℃

汗は人体の冷却において最も強力な「武器」である。ただし、この武器には大きな弱点がある。それは、「汗は乾かなければ冷やせない」ということ。汗の中の水分が乾いて水蒸気になるときに潜熱を奪うから、体が冷える。汗が乾かずにしたたり落ちてしまっては、体を冷やす役には立たないのだ。

つまり、人間が快適に過ごせる(=楽に放熱できる)ためには、空気の温度(乾球)だけでなく、湿度も大事になる。絶対湿度で示されている湿度の上限もあるが、ここでは「湿球温度」で説明してみよう。

湿球温度は気温と湿度の両方が考慮されており、汗が順調に乾いた際の皮膚温度に近いので人間の「暑さの実感」に近い。図1に示すように米国空調学会では、この湿球温度を暑さの重要な指標として、快適に過ごすためには「夏でも21℃以下にすべき」としている。それでは、この「湿球21℃」を湿度の上限として覚えておき、世界の気候の「快適さ」を比較してみることにしよう。

図1 東京の標準年8760時間分の気象データをClimate Consultant によりプロットし、米国空調学会(ASHRAE) の快適範囲を青枠(左:冬 右:夏)で示した。2005年までのASHRAE快適範囲では、湿度の上限が湿球温度で表現されていた。夏の湿球温度の上限は21℃であり、それ以上なら温度か湿度のいずれかを下げる必要があるとしている

湿球25℃では汗をかいても乾かない

図2をご覧いただきたい。人類の遠い祖先が(やむなく)暮らすこととなったアフリカは、乾燥したステップ気候である。300 万年以上前のアウストラロピテクスの骨が発見された、我らが故郷エチオピアの気候をまず見てみよう。

図2 乾球と湿球、2つの温度で見る世界の気候。ケッペンの気候区分(気温と降水量による分類)の上で、代表的な地点の気候を乾球・湿球の2つの温度で示した。温度と湿度を2つの温度で表示することで、世界の気候の比較が容易となる。東海岸である日本の気候は夏・冬ともに人間にとって厳しいことは明らか(データ出典:東京は拡張アメダス2010標準年、そのほかは米DOE Weather Data)

乾球温度は年中高いが、乾燥しているために湿球温度は通年で20℃以下である。1年を通して暖かく、暑い時も汗がよく乾いて体を冷やしてくれるので、まさに人間にとってベストな気候である。

エジプトも夏は乾球温度が高いが、やはり乾燥しているのでゆったりとした衣装で日射を防ぎつつ発汗を促進することで、十分快適に過ごすことができるのである。

ただ、暑いだけでなく湿潤となると、状況は一気に厳しくなる。熱帯気候のフィリピン・マニラを見ると乾球温度が年中高く、さらに湿潤なために湿球温度も25℃と非常に高い。汗をかいても乾かないので、人類自慢の冷却システムが機能しない。こうした「蒸し暑い」気候では、かつてはあまり活動しないことで「代謝熱の発生を抑える」しかなかった。

近年、こうした地域ではエアコンが大人気で、冷房を20℃にまで極端に効かせる場合も多い。温度と湿度の両方がここまで上がってくると、もはや「エアコンは嫌い」などとは言っていられないのだ。

日本の夏と冬はどちらも結構厳しい

フランス・パリは意外と湿潤で、1年を通して乾球と湿球の差は小さい。しかし、夏でも乾球温度が低く涼しいので、対流・放射といった発汗以外の方法で十分に放熱ができるから快適である。冬はそれなりに冷え込むが、ちゃんと暖房設備が充実している。賃貸アパートでも暖房18℃までは家賃に含まれるなど、快適に暮らすことは「当然の人権」と認識されている。

フィンランド・ヘルシンキとなると夏は温度が低いので、もっぱら冬の厳しい寒さ対策が最重要となる。こうした「冬に専念」できる地域では、建物も冬仕様で造られている。しっかりした家に守られて、寒い冬も室内で快適に過ごすことができる。

さて、我が日本の東京を見てみると、世界の中でも厳しい夏と冬が「両方」あるという、かなり難しい気候であることが分かる。夏は乾球温度が高いだけでなく、湿球温度は23℃以上と湿潤で「蒸し暑い」。冬はパリと大差ないほど冷え込み、しかも乾球・湿球の差が大きめで乾燥ぎみでカラカラなことが分かる。このように、夏と冬のどちらも人間にとって厳しい日本。夏冬の「両面作戦」を強いられてきたことが、日本の家の性能向上の足かせになってきたことは否めない。

「温度を下げる」か「湿度を下げる」

夏に強いはずの人類といえども、高温多湿な湿球温度が高い気候は厳しい。放射・対流などの乾性放熱を増やすためには「乾球温度を下げる」こと、発汗による湿式放熱を増やすためには「湿度を下げる」こと。少なくともどちらかができなければ、放熱手段は八方ふさがり。もはや、打つ手がないというのが人体の本音である。

エアコン以外の様々な冷房手段が提案されている。しかし正直なところ、温度と湿度をキチンと下げることができる経済的な機器は、"悪名高き"エアコンをおいて他にない。日本の気候の厳しさを直視して、毛嫌いせずにエアコンを有効に省エネに利用する方法を考えた方が良さそうである。

高齢者は熱中症のリスクを忘れずに

温度・湿度の調整は、単に快適か不快かの問題では済まない。2014年の夏に救急車によって搬送された熱中症患者は、全国で男女合わせて1万人以上に及んでいる。最高気温の上昇とともに人数は増加し、患者の33%は住宅内で発生している(図3)。

図3 2014年の全国における熱中症の発生状況。住宅において高齢者が熱中症になるケースが多いことが分かる(出典:国立環境研究所環境健康研究センター 熱中症患者情報速報平成26年度報告書)

特に高齢者は、体の温熱感が鈍くなっており、また発汗能力が低下している場合もあるので危険。室温の上昇に気付かないまま倒れるケースが相次いでいる。

むやみにエアコンを危険視する風潮は、こうした健康や命のリスクを犯している。ヒートアイランド現象や地球温暖化により近年の気温は上昇傾向にあるとされ、夏の暑さはさらに厳しくなる可能性が高い。日本の夏の手強さを再認識し、必要と感じた時には無理せずエアコンをつけることをお忘れなく。

前真之(まえ・まさゆき) 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。博士(工学)。1975年生まれ。1998年東京大学工学部建築学科卒業。2003年東京大学大学院博士課程修了、2004年建築研究所などを経て、2004年10月、東京大学大学院工学系研究科客員助教授に就任。2008年から現職。空調・通風・給湯・自然光利用など幅広く研究テーマとし、真のエコハウスの姿を追い求めている。

(書籍『エコハウスのウソ[増補改訂版]』の記事を再構成)

[参考]「エコハウス」と聞いて思い浮かべる住宅のデザインや暮らし方の多くが、真の省エネにはつながっていない。東京大学で省エネ住宅を研究する気鋭の研究者が、実証データやシミュレーション結果をもとに、一般ユーザーや住宅関係者が信じて疑わない"エコハウスの誤解"をバサバサと切っていく。初版発行後に明らかになった新たな知見や、2020年の「省エネ基準義務化」などについて大幅に加筆した。

エコハウスのウソ[増補改訂版]

著者:前 真之
出版:日経BP社
価格:2,484円(税込み)

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