2018年8月19日(日)

欧州Inside ロシア正教会が暗闘
ウクライナ奪還へプーチン政権と一体

2016/5/19 3:30
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 6月にキリスト教・東方正教会の各国のトップ(総主教)が一堂に会する「全正教会会議」(Holy and Great Synod)が開かれる。50年以上にわたり準備されてきた1200年ぶりともいわれる歴史的な会議を前にロシアが暗闘を繰り広げている。

 ロシアの軍事介入に苦しむウクライナのポロシェンコ大統領が3月、トルコを訪問し、同国のエルドアン大統領と会談した。トルコも2015年11月のロシア軍機撃墜事件を機にロシアと対立しており、両首脳は軍事、経済協力を推進することで合意、ロシアをけん制した。

軍事介入受け離反

 ロシアのプーチン政権が神経をとがらせたのは実はもう1つの会談だ。ポロシェンコ大統領は歴史的に東方正教会の中心地であるコンスタンティノープル(現イスタンブール)のバルソロメオス1世総主教とも会談。ウクライナの正教会の統一に向けた支援を求め、総主教も「我々は教会を通じた精神的な絆を感じている」と応えた。

 ウクライナの正教会は、キリル総主教をトップとするロシア正教会(モスクワ総主教庁)の管轄下にある教会と、モスクワからの独立を主張するキエフ総主教庁などに分裂している。世界の正教会から承認されていないキエフ総主教庁はコンスタンティノープルに度々使者を送り、承認を働き掛けてきた。トルコとの対立とも相まって、コンスタンティノープルがウクライナ正教会の独立承認に踏み切る事態をロシアは警戒する。

人口800人足らずの村の教会で「占拠」事件が起きた(ウクライナのパシチナ村)

人口800人足らずの村の教会で「占拠」事件が起きた(ウクライナのパシチナ村)

 プーチン政権が14年、ウクライナ領クリミア半島を武力で自国に編入し、東部にも軍事介入したことで、ウクライナではロシア正教会離れが急速に進んでいる。15年の世論調査によると、モスクワ系の教会への支持は20%、一方のキエフ総主教庁の支持は44%に伸びた。14年以降、60~70の小教区がモスクワ総主教庁系からキエフ総主教庁にくら替えしたという。

 ウクライナの首都キエフから東へ70キロ離れた人口800人のパシチナ村の教会で14年9月に起きた事件は、ロシア正教会の暗闘ぶりを象徴する。神父が「プーチン大統領が我々を助けに来る」などと説き、ウクライナの国旗を降ろし、東部で戦死したウクライナ兵への祈りを拒否。反発した住民が投票でキエフ総主教庁への移行を大多数で決めると、モスクワ総主教庁系の神父が大勢押しかけて教会を占拠した。「暴力団も乗り込んできて脅された」と住民は証言する。神父は今も居座ったままだ。

「宗教と核が要」

 教会がモスクワ総主教庁系1つしかないウクライナ各地の小さな村ではこんな事件が頻発しているという。キエフのモスクワ系の教会のある神父は「信者の間でキリル総主教のイメージは地に落ちた。我々はもはやモスクワには従っていない」と明かす。「キエフ総主教庁が承認されれば、多くの教会が合流し、ウクライナ正教会は1つになれる」と話す。

 これはロシアにとって死活問題だ。モスクワ総主教庁傘下の約3万の小教区のうち3割強はウクライナにある。キエフ総主教庁の独立が承認されれば、ロシアは東方正教会の最大勢力という地位を失いかねない。

 「伝統的な宗教と核の盾がロシアを強国にし、国内外での安全を保障する要だ」。プーチン大統領はこう語ったことがある。強権支配を固めながら、欧米の価値観の浸透を防ぎ、求心力を維持するための精神的な支柱としてロシア正教を後押ししてきた。ウクライナなど旧ソ連諸国を自国の勢力圏として正当化する時に使う「ロシア世界」という概念も正教文化やロシア語に基づいている。

 ロシア正教会は「プーチン政権の一機関」との見方は多い。キリル総主教は11年からクレムリン(ロシア大統領府)に公邸を構え、プーチン大統領の治世を「神による奇跡」と評したことがある。親欧米に転換したウクライナの政権について「邪悪だ」と公言、聖職者に事実上闘争を呼びかけ、プーチン政権と一体となってウクライナ奪還に動いた。

分裂をちらつかせ圧力

 ウクライナとロシアの正教会の起源は988年、東スラブ民族の初の国家としてウクライナの地に成立したキエフ・ルーシ公国のウラジーミル1世がコンスタンティノープルから洗礼を受けて国教とした時に遡る。ロシアは自らをキエフ・ルーシの継承国と主張し、勢力を拡大してきた。スラブ・正教文化の発祥の地であるウクライナの支配はプーチン大統領の「ロシア世界」のまさに根幹となる。

 キリル総主教は「全正教会会議」の実現に注力するバルソロメオス1世総主教に対し、「分裂」をちらつかせて圧力を掛けている。1月にジュネーブ郊外で開いた準備会合では、ウクライナで「ギャング」による教会の乗っ取りが起きているなどと指摘し、「コンスタンティノープルにも支持を表明する者がいる」とあからさまに独立承認の動きをけん制した。

 ロシアの要求により、当初はコンスタンティノープルだった会議開催地はギリシャのクレタ島に変更になった。トルコとの関係悪化を受け、「安全が保証されない」と主張した。2月にカトリック教会のローマ法王フランシスコとの会談に動いたのも全正教会会議を前に存在感を見せつける狙いがあったと見られている。

 コンスタンティノープルとモスクワの勢力争い、エルドアン政権とプーチン政権の確執、そして「ロシア世界」の野望……。神聖であるはずの歴史的な会議の裏では権謀術数が渦巻いている。

(モスクワ=古川英治)

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