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「寒さ」と「暑さ」 人間が弱いのはどっち

夏に備える家づくり(5)

日経アーキテクチュア

「もう、あの猛暑はうんざり・・・」。暑い夏の接近に、ため息を漏らす読者も多いだろう。しかし、実は人間は暑さに強い動物で、快適性と健康を得るためには、まずは寒さの克服が最優先なのだ。この"意外"な真実を、住宅の省エネルギー性能を客観的に調査・分析している東京大学准教授の前真之氏に解説してもらう。

湿度が高く「蒸し暑い」日本の夏を過ごしていると、「人間は暑さに弱い生き物」に感じられるのも無理はない。しかし冷静に見れば、人間ほど暑さに強い動物はほとんど存在しない。

夏の炎天下に"マラソン"できる動物を人間以外で見たことのある人はいないはず。実は、人間は暑さにはめちゃくちゃ強い生き物なのである。その理由は、我々の祖先について振り返るとおのずと明らかになる。

恒温動物は「熱を捨てる」

動物の分類はいくつもあるが、体内で代謝(メタボ)熱を生み出すか、体温が安定しているかどうかの区別では「変温動物」と「恒温動物」とに分類される(図1)。

変温動物(例えばナマケモノ)は、自分の体からはほとんど代謝熱を生み出さず、外界の温度変動が体温に直接に影響する。熱を出さなくてよいので食料は少なくて済むが、外界の温度が上がりすぎたり下がりすぎたりすると、活動ができなくなってしまう。

これに対して恒温動物(例えばコアラ)は、食料のエネルギーを消費して、体の中で代謝熱を生み出す。人間も恒温動物の端くれであり、全く動いていなくても代謝熱(基礎代謝熱)が発生する。恒温動物のメリットは、外界の温度が変化しても体温を維持することで活動し続けることができる。人間が現在、世界中の様々な場所で活躍できるのは、この恒温動物であることの恩恵である。

恒温動物であることは活動の自由を広げてくれるが、デメリットもある。代謝熱を生み出すために大量の食料を摂取しなければならないし、なにより代謝熱を捨てなければ体温がオーバーヒートして死んでしまう。体から余計な代謝熱をせっせと捨てることが、恒温動物に課せられた「宿命」なのだ。

この代謝熱は、人間の活動量に応じて変化する。この代謝量の単位はメット(met)で表され、図2のように活動に応じて大きく変化する。この代謝熱を速やかに捨てることが常に人体に求められている。特に激しいマラソンともなると、1000W という、60W電球16個分もの大量の代謝熱を捨てる必要が出てくるのである。

ちなみに、この代謝量は健康管理にも用いられている。厚生労働省は、ウオーキングなど3 メット以上の活動を1日1時間以上行うことを求めている。とはいえ、3メット1時間のウオーキングで燃焼できるのは250キロカロリー程度。運動後のビールで軽く「帳消し」になってしまうので、やはり食事療法が重要となる。

1時間に1500グラムの汗をかける

運動量が活発になると、膨大な代謝熱を速やかに捨てることが最重要となる。この熱の「捨て方」は、図3のように放射・対流・伝導による「乾性放熱」と、汗の蒸散に伴う「湿性放熱」の2つに大別される。

このうち、前者の「乾性放熱」は周辺環境が暖かいか寒いかで決まってしまうので、人間にできることは着衣の調整だけである。例えば、夏に素っ裸になってしまえば、それ以上に乾性の放熱量を上げることはできない。後は冷房して周辺環境を涼しくするしか方法がない。

一方の「湿性放熱」は人体の方で汗をかく量を調整できるので、はるかに自由度が高い。なにより、人体には最大で1 時間に1500グラムもの大量の汗をかく能力が備わっている。1時間に1500グラムの水が蒸発してくれれば、気化熱でおおむね1000W の熱を捨てることができる。こうして「水の補給が続き」「かいた汗が乾いて」気化熱を奪ってくれる限り、人間はオーバーヒートすることなくマラソンをし続けることができるわけである。

なぜ人間は、動物のなかでもまれにみる強力な"冷却システム"を身につけたのか。そこには楽園を追われた我らが祖先の苦しい歴史があったのだ。

乾燥気候を「持久力」で生き延びた祖先

人類の故郷であるアフリカでは500万年前ごろから気候の乾燥化が進み、当初は湿潤なジャングルであった地域が乾燥したサバンナに変化した。食料豊富なジャングルでノンビリ暮らしていた人類の祖先は、突如として乾燥地帯での過酷な生存競争に放り込まれたのである。

2本足の人類は、手先は器用でも足は遅い。獲物を追いかけるにしてもスピードでは勝てない。そうなると延々と追いかけ回して獲物が弱ったところでとどめをさすという「持久戦」に持ち込むしかない。こうして長時間、暑く乾燥した気候の中でオーバーヒートせずに走り続けるため、人間は体をつくり変えてきたと想像されている。

そして10万年前になると、アフリカで異常気象が続き、祖先は全滅の危機に瀕することとなる。やむなく故郷たるアフリカを出て、人類は世界に進出する(図4)。恒温動物とはいえ、体は極端な「アフリカ仕様」になっていた人類。寒い気候への適応は非常に苦労したものと想像される。そこで人類は衣類、そして「家」を発明することで、世界中の様々な気候で生き延びることが可能となったのである。

アフリカ育ちの体で世界へ

世界の気候を制して繁栄を極める人類であるが、熱が逃げやすい体のままである。体温が下がりすぎてダウンしないために、「寒さに気付く工夫」が全身に施されている。

人の皮膚には「触覚」「痛覚」のほかに、暑さ・寒さを感じる「温点」と「冷点」が埋め込まれている(図5)。温点の方は密度がかなり低い一方で、冷点は体中にビッシリ配置されている。人間の皮膚は、暑さは感じにくいが寒さは敏感に感じるようになっているのだ。暑さへの警戒のメーンは、脳の中の「視床下部」である。

こうして人体を見返すと、人間が暑さ専用にチューンされていて、本当の弱点は寒さであることが分かる。人体は「熱ロス過剰」にならないよう、全身の冷点で常に寒さへの警戒を怠らない。人間の快適と健康のためには、まずは寒さの克服が最優先であることは自分の体を見ればおのずと明らかなのだ。

前真之(まえ・まさゆき) 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。博士(工学)。1975年生まれ。1998年東京大学工学部建築学科卒業。2003年東京大学大学院博士課程修了、2004年建築研究所などを経て、2004年10月、東京大学大学院工学系研究科客員助教授に就任。2008年から現職。空調・通風・給湯・自然光利用など幅広く研究テーマとし、真のエコハウスの姿を追い求めている。

(書籍『エコハウスのウソ[増補改訂版]』の記事を再構成)

[参考]「エコハウス」と聞いて思い浮かべる住宅のデザインや暮らし方の多くが、真の省エネにはつながっていない。東京大学で省エネ住宅を研究する気鋭の研究者が、実証データやシミュレーション結果をもとに、一般ユーザーや住宅関係者が信じて疑わない"エコハウスの誤解"をバサバサと切っていく。初版発行後に明らかになった新たな知見や、2020年の「省エネ基準義務化」などについて大幅に加筆した。

エコハウスのウソ[増補改訂版]

著者:前 真之
出版:日経BP社
価格:2,484円(税込み)

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