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トランプ氏指名、共和党と米国の悲劇の始まり

The Economist

創設以来160年の歴史を持つ米共和党は奴隷制を廃止し、公民権法の成立に力を貸し、冷戦終結に尽力した。今後6カ月間はそれほど輝かしいものにはならないだろう。インディアナ州の予備選が終わった今、党の候補に押し頂いて11月の大統領選を戦わなければならない人物が明確になったからだ。その人物はテロリストの家族を殺すと言い、支持者による暴力を奨励し、とっぴな陰謀説を度々口にし、保護主義的で経済的に無知で、自分で自分の首を絞めるような政策を掲げている。

筋金入りの信念、100万人が支持

選挙結果は共和党はもちろん、米国にとっても悲惨だろう。たとえトランプ氏が勝ち進めるのはここまでだとしても、同氏はすでに実害をもたらし、今後数カ月でさらに被害が拡大する。しかも同氏が大統領の座を勝ち取る可能性はゼロを大きく上回る。

党候補の指名獲得を確実にしたことで、トランプ氏は発言内容を変えるかもしれない。同氏を嫌悪する有権者、とりわけ女性を取り込もうと、下品で侮辱的発言を抑えることは十分考えられる。その振る舞いもより大統領らしくなるかもしれない(ただし指名を争ったテッド・クルーズ上院議員の父が、ケネディ大統領を暗殺する前のリー・ハービー・オズワルドと一緒にいたという根も葉もないとっぴな先週の発言からは、その兆しは見えなかった)。

ほぼ確実なのは、政治信念は変えそうにないということだ。同氏の世界観は一貫性がなく現実味もないが、長年抱いてきただけに揺るがない要素がある。テレビのリアリティー番組の出演で磨いた、相手と衝突したり事実を無視したりする今日的な政治対話の手法から編み出されたものだ。

この世界観は1960年代に父親の働くニューヨークの建設現場などで生まれた。トランプ氏は夏休みに大工や配管工、重い足場材を運ぶ作業員らと働いたことを好んで話す。その経験を通じ、米国政治が置き去りにしてきた勤勉なブルーカラー層が何に関心を持っているかがわかるようになったと言う。同氏に深く根付いた経済的愛国主義はこれで説明がつく。

トランプ氏は何十年も貿易協定を批判してきた。1990年代初頭には北米自由貿易協定(NAFTA)に反対し、今ではNAFTAを史上最悪の貿易協定と呼ぶ。米国の貿易赤字については、相手国の反則行為や米国の交渉力のなさの証拠と見てきた。そう信じる人間には新たに貿易協定を結ぶことなど耐えられず、米企業は高い輸入関税を払いたくなければ生産を国内に回帰すべきなのだ。トランプ氏は関税を巡っては交渉する意思があるかもしれないが、持論を曲げる気はない。同氏は筋金入りの保護主義者だ。共和党の予備選の結果から判断すると、少なくとも1000万人の有権者が同氏を支持している。

 イラクやアフガニスタンでの戦争の後、国民の間には米国が多大な犠牲を払って世界の中で大きな役割を担うことへの不満が広がった。トランプ氏の外交政策にはこうした不満と、米国を畏怖される国にしたいという願望が入り交じっている。

本戦で敗れてもなお残る言葉

海外の論調の多くは、地理や外交に関する同氏の無知を長々と説明するあまり、同氏を強気にする単純な考え方を見落としがちだ。トランプ氏は米国が安全保障の後ろ盾となる代わりに、同盟国はその費用を全額負担すべきだと考えている。つまり同盟国は自国内の米軍基地の維持費用や基地の装備費、人件費を増額せよというものだ。これを孤立主義と呼ぶのは正しくない。同氏はイラクの占領や油田の差し押さえなども提案しているからだ。むしろ周辺国に朝貢させ、派遣した駐屯兵に感謝の念を示させたローマ帝国の外交政策に通じる。

本誌エコノミストを含め、グローバル化と米国主導の自由主義秩序の恩恵を信じる人には、実に恐ろしい世界観だ。幸いにもトランプ氏は11月8日の本選挙で負けるだろう。国民の3分の2が好ましくないと思っているのに、勝利に必要な6500万票を確保するのは至難の業だ。同氏を支持しない女性の割合はさらに高い。

だがそれもわずかな慰めでしかない。というのも、たとえ本選で勝たなくても、トランプ氏が大統領の候補指名を獲得したこと自体が問題だからだ。7月にオハイオ州クリーブランドで開かれる共和党の全国大会では、トランプ氏の支持者と抗議者が衝突し、暴力沙汰になるかもしれない。有権者はこの先半年間、民主党の対抗馬のヒラリー・クリントン氏がペテン師で嘘つきだと繰り返し聞かされることになる。その結果、たとえクリントン氏が勝ってもその言葉は人々の心に残る。そう信じた人はペテン師が大統領になったと怒り、クリントン氏は弱体化する。

 米国の同盟国は恐れを抱きながら選挙を見守ることになる。国連安全保障理事会であれ、中国との2国間協議の場であれ、米国とのあらゆる会合に、本選挙までトランプ氏の亡霊が現れるからだ。

経済ポピュリズムが繰り返される可能性

対立が絶えない共和党は、実際に分裂するかもしれない。たとえトランプ氏が負けても、移民排斥主義と経済ポピュリズムを掲げて党候補に指名される道があることが示された。登山家なら最も確実な登頂ルートは以前通った道であることを知っている。共和党内部では、トランプ氏の主張から最も過激な部分を取り去れば、次回の選挙で勝てるのではないかという声が上がるはずだ。一方、同氏が真の保守主義者ではないから負けたと考える人もいるだろう。党内で敗因を総括できなければ、新たな一歩を踏み出すのは難しい。

もちろん、トランプ氏が勝つ可能性もある。クリントン氏はトランプ氏ほど多くの国民に嫌われてはいないが、彼女を好ましくないと思う人の割合は、これまでの大統領候補よりずっと高い。昨年11月のパリ同時テロの後、トランプ氏の選挙運動が勢い付いたように、テロなど米国人を恐怖に追いやる事件が起きれば同氏に票が流れやすくなる。今のところトランプ氏が勝利する確率は低いが、何が起こるかはわからない。だからこそ、同氏が党の候補指名を勝ち取ることは共和党と米国、そして世界にとって、悲劇を生む素地をはらんでいるのだ。

(c) 2016 The Economist Newspaper Limited. May 7th 2016 All rights reserved.

英エコノミスト誌の記事は、日経ビジネスがライセンス契約に基づき翻訳したものです。英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。

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