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Jリーグ指導者に新しい波 清新なエネルギー発散

Jリーグの監督やコーチに新しい波を感じる。彼らの多くは現役時代にJリーガーとしてプレーし、いろいろなタイプの指導者の下で経験を積んだ。引退後は育成世代のコーチをしたり、トップチームで優れた指揮官の薫陶を受けたりしながら修業に励んできた。その成果をいま、惜しみなく披露する彼らの清新なエネルギーに触れると、日本サッカーの未来まで明るく感じる。

下平監督は柏というクラブの裏も表も知り尽くしているようだ=共同

Jリーグ1部(J1)で私が今、最も注目しているチームが柏だ。5月8日の川崎戦に負けるまで5連勝の快進撃を続けていた。試合に活気があるのも好ましい。

下平・柏監督、チーム立て直す

チームを率いる下平隆宏監督は今季開幕後に前監督の不振を受けて緊急登板となった。前任のミルトン・メンデス氏は科学的な指導ができる監督としてブラジルから鳴り物入りで迎えられたが、明治安田生命J1リーグで開幕から浦和、大宮に連敗。3戦目(3月12日)で磐田に引き分けたところで「家族の健康上の問題」を理由に突然帰国してしまった。アシスタントコーチから急きょ昇格した下平監督は最初の新潟、鳥栖との2試合は引き分けたものの、その後はFC東京、G大阪、鹿島、神戸、甲府に5連続完封勝利。ヤマザキナビスコカップで横浜M、川崎から挙げた白星も加えると公式戦7連勝とチームをすっかり立て直した。

5連勝の中で特に感銘を受けたのはアウェーに乗り込んで鹿島に2-0で快勝した4月24日のJ1第8節だった。柏は大黒柱のボランチ、大谷秀和がケガで先発できない苦しい状況。柏の攻めは、ビルドアップする際に大谷が最終ラインまで下りてきて組み立ての起点になることから始まるだけに、かなりのマイナス要因と思われた。

ここで下平監督が取ったのはベテランの鎌田次郎を起用し、20歳の中谷進之介、増嶋竜也と3バックを組ませる策だった。3バックの中で鎌田は右のストッパーを務めたが、相手にボールが渡ると柏は左のウイングバックの中山雄太がすっと最終ラインに下りてきて4バックに転じる。すると鎌田はトコロテン式に押し出されて右のサイドバックに早変わり。鹿島の左サイドにはスピードとテクニックを兼備したカイオという逸材がいるのだが、右サイドバックに変身した鎌田は見事にこのうるさいアタッカーを封じ込んでみせた。

スライド方式で3バックと4バックを併用する手はカイオ対策に成果をあげただけにとどまらなかった。もう一つの成果は右サイドのMF伊東純也の守備の負担を軽減し、彼の武器である突破力をいかんなく引き出したことだった。

今季、甲府から移籍してきた伊東は卓越したスピードを武器にドリブルで敵陣を切り裂く才に恵まれている。そのスピードを生かすためにメンデス監督は右サイドバックにコンバートしたが、本職でない守備は正直なところ心もとないレベルにある。そこが自分でも不安な伊東に、いつのものようにサイドバックで使ってカイオと対峙させていたら守備に頭がいっぱいで攻撃参加どころではなかっただろう。

下平監督はストッパーからサイドバックに鎌田を適宜スライドさせることで「後ろのことは鎌田に任せ、前に残ってどんどん勝負しろ」というメッセージを伊東に伝えられた。1列前の中盤の右サイドで使われた伊東は水を得た魚のように鹿島の守備網を食い破り、1得点1アシストと勝利に直結する働きをしたのだった。

4月24日の鹿島戦で伊東(左)のよさを下平監督は生かした=共同

伊東という選手のデータを見ると、試合中のスプリントとタックルの回数が多い特長がはっきり出ている。スライディングタックルしてボールを奪ったら、そのまま自分でドリブルして持って運ぶような選手だ。そういう伊東の良さを鹿島戦で非常に生かした。

もう一人、柏で中川寛斗というMFが目を引いた。身長は155センチしかないが、「そのタイミングでそこに出すか」という意表を突くスルーパスをペナルティーエリア内に送り込める。伊東が奪ってボールを中川に預けてスプリント、追い越した伊東に中川がリターンパスという逆襲の形が鹿島の堅い守りを再三脅かした。

攻から守、守から攻の切り替えの連続

この試合の柏は3-4-3(4-3-3)の布陣を採用、前線からのプレスもすごかった。ボールを失ったらすぐに取り返す作業に入った。鹿島もそういうチームだから攻守の切り替えは頻繁で、ある意味でピンボールを見ているような落ち着きの無さもあったのだが、攻から守、守から攻の切り替えの連続は欧州先端のサッカーに近いものを感じた。

その激しい応酬の中で、柏の柔軟性や流動性に鹿島が「プレスがうまくはまらない」というような戸惑いをみせたことも非常に興味深かった。鹿島といえば、歴戦の小笠原満男を筆頭にしたたかな選手が多く、相手をうまく丸め込むのにたけていると思っていたら、若くアグレッシブな柏のアクションサッカーに押し切られる格好になったのだ。古豪ともいえる鹿島に対して、若い選手を一歩も引かせずに大胆に戦わせた下平監督のマネジメントには拍手を送るしかなかった。

緊急登板のハンディがあるはずの状況で下平監督が思い切った手を打てたのは、チーム掌握によほど自信があったからだろう。青森県の五戸高校を出た後、柏の前身である日立製作所に入社。実業団の日本リーグを経て、1993年のJリーグ創設とともにプロのサッカー選手に転身した。柏、FC東京でプレーし、引退後は柏の強化部スタッフとしてスカウトやユースチームのコーチ、監督を歴任してきた。柏というクラブの裏も表も知り尽くした、まさに生え抜き。ユースの指導者だった時代に手がけた選手をいま、トップチームで使っているのだから、彼らの性格や長所短所に通じているのは当たり前だろう。コミュニケーションの面でそういう大きなアドバンテージがあるから、外国人監督が失敗した後に引き受けても、うまくチームを正常な軌道に乗せられるのではないだろうか。

バルバリッチ監督の後任として昨年7月からJ2の札幌の指揮を執る四方田修平監督もユースからトップチームの監督に転じた口である。ちなみに同監督は加茂周、岡田武史の両氏が日本代表監督だったころには代表チームのスカウティングを担当していた。

選手やチーム伸ばす視点を外さず

昨季途中でトニーニョ・セレーゾ監督からチームを引き継いだ鹿島の石井正忠監督も現役を退いた後、鹿島のユースでコーチ業を始め、フィジカルコーチの経験を積んで今がある。彼らをみていると、Jリーグの誕生から二十数年がたち、ようやく各クラブは優秀な監督を内製化できるようになったのだなという感慨を覚える。

育成部門で若い選手を育てた経験のある監督たちには大胆な采配をするという共通項がある気がする。総じて選手交代のカードの切り方も早いようだ。いきなりトップチームの監督になった人はその点、どうも主力への気遣いなどがあって交代が遅くなりがちだ。

育成経験のある監督は選手やチームを伸ばす視点を常に外さない。大人の選手と違って少年たちは頭が凝り固まっていないから、監督が「こうやるぞ」といえば素直にいろいろとチャレンジしてくれる。そういう試行錯誤から得たものがたくさんあるように思う。

育成の経験を積んでからトップの監督になる人間が増えてきたのは歓迎すべきことと個人的には思っている。私も代表レベルではあるが、ユース、五輪代表と順番にチームの面倒をみながら、若い選手たちと一緒に成長できた面が大いにある。育成段階の若い選手と一緒に過ごす時間の意義深さはカネでは買えない貴重なものだ。大成の出発点ともいえる段階から関わることは、選手を見る目を大いに養ってくれるし、そこで培われた人間関係は一生モノといえる濃密なものになる。

うれしいのは、そうやって私が関わった選手たちの中から、同じように指導者の道を歩み出した人間がいることだ。トルシエ監督時代に日本代表で苦楽をともにした宮本恒靖はG大阪の、森岡隆三は京都で、ユースチームの監督になっている。磐田の黄金時代を最終ラインで支えた田中誠も古巣でユースの監督を務めている。育成のプロになるにしても、トップの監督として大成を目指すにしても賢明な選択だろう。

選手としてワールドカップに出たような人材でも指導者となると苦労する。現役時代の名声ゆえに注目され、それが余計なプレッシャーになることもあるだろう。しかし、失敗を恐れて小さくまとまるより、どんどん大胆にチャレンジをして失敗からも多くを学んでほしいと思う。

トルさん(トルシエ監督)はよくチームのことを「ラボ(実験室)」と呼んだ。その伝でいけば、ユースチームもラボであり、成績的には多少の失敗は許されるから指導者もチャレンジしやすい環境にあると思っている。そこでもまれながら、やがて宮本や森岡や田中が、自分が育てた選手と一緒にトップチームで戦える時代がきたらどんなに素晴らしいだろう。

マンチェスター・ユナイテッドの名将だったサー・アレックス・ファーガソンはギグスやベッカム、スコールズら手元にいた育成組織の選手を大物に育てて黄金時代を築いた。同じことがJリーグでも起こせたら、遠回りのようで日本サッカーを大きく発展させる近道という気がするのだ。

ユースチームが指導者育成の面でもラボになり得るのは、この年代のプレミアリーグ方式のリーグ戦化が当たり前になったからだ。高校の部活チーム、Jクラブのユースチーム、在野のクラブチームを分け隔てなく集めて長丁場のリーグ戦で競わせる。そういう舞台を用意したことが監督の腕を磨くことにつながった。戦術面でもマネジメントの部分でも監督同士で刺激を受ける機会が増えた。その構造はJリーグとそれほど変わらない。

コーチとして成功する鍵とは?

ユースやBチームで鍛えられた監督がトップチームを率いるのは世界的潮流でもあるようだ。ドイツのブンデスリーガでもそういう経歴の若手監督が増えており、欧州チャンピオンズリーグ(CL)で決勝に進んだレアル・マドリードのジダン監督も、ここ数年はトップより下のカテゴリーで育成と強化に携わっていた。スター選手だったからといってトップの監督の座が約束されるわけではなく、ジダン監督のような人間にもクリアすべき関門が幾つも課され、その関門の一つが「育成の経験」だったわけだ。

どんな肩書、ポジションでも、自分のためになると思って勉強できるかどうかが、コーチとして成功する鍵になる。どんなポジションにも学べることは絶対にある。特に監督は、カテゴリーが少年、少女、年齢がなんであれ、任されたら成長できる大きなチャンスだ。監督業の一番の苦しみは正解がない問いに答えを出して決断しなければならないこと。監督をやる以外、監督の本当のことは学びようがないのである。

(サッカー解説者)

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