五輪つかんだ伏兵 競泳・長谷川純矢(上)

2016/5/14 6:30
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4月の競泳日本選手権の男子100メートル背泳ぎ決勝。第一人者の入江陵介とともにリオデジャネイロ五輪の切符をつかんだのは、伏兵のスイマーだった。静岡県出身の22歳、長谷川純矢。今春に中京大を卒業し、子供服メーカーのミキハウスに入社したばかりのフレッシュマンが大仕事をやってのけた。

元世界王者をタッチの差でかわす

長谷川(左)は小中高を通じ全国での優勝経験がない

長谷川(左)は小中高を通じ全国での優勝経験がない

決勝の前半は中京大の後輩、川本武史が飛び出した。これに続いたのが2009年の世界選手権で同種目を制した古賀淳也と入江。そうそうたる顔ぶれが先行し、長谷川は前半の50メートルを4番手でターンした。

無風で終わりそうな空気が一変したのはラスト15メートル。川本と古賀が失速し、長谷川が加速した。入江には及ばなかったが、元世界王者の古賀をタッチの差でかわして2位に入った。

親しい人たちにとっても長谷川の代表入りは驚きだった。レース後、中京大の後輩たちに五輪行きを報告したところ「誰も僕のレースを見ていなかった」。みんな川本の積極的なレース運びに目がくぎ付けで、先輩が後方で力を蓄えていることに気づかなかった。

タイムは派遣標準記録ぴったりの53秒49。間一髪の滑り込みで表舞台に登場してきたこの強運の持ち主は一体、何者なのか。

ロンドン五輪銅メダルの萩野公介や世界選手権連覇の瀬戸大也ら"黄金世代"の1学年先輩。萩野との初対決は小学4年の全国大会だった。50メートル背泳ぎで「萩野君が断トツで優勝。自分は確か4位だった」。自分の順位よりも、1歳下の英才の、次元の違う泳ぎが深く脳裏に刻まれた。

元トライアスロン選手の父の正純によると、学童期から全国大会に出場する実力はあったが、小中高を通じて全国での優勝経験はない。同世代のトップスイマーたちの輝きがまぶしく、長谷川にスポットライトが当たることはなかった。

もともと萩野らは雲の上の人。その差がさらに開きかねない試練にも直面した。高校2年の時、めまいや耳なりに苦しむメニエール病を発症し、十分に泳ぎ込むことができなくなった。体に異変を感じたらすぐに練習中止。長谷川を指導する中京大コーチの佐々木祐一郎は「こちらで立てた計画通りにいくことはない」と苦労を語る。

ハンディ埋めた研究熱心さと集中力

むしろ記録はここから伸びた。昨年のユニバーシアード(韓国・光州)で50メートルと100メートルの2冠に輝き、「五輪を意識するようになった」。発症後も萩野や瀬戸の背中が遠のくどころか、5年半をかけて2人と同じ五輪代表の座をつかんだことになる。

「昔から大舞台ではほぼ自己ベストを更新した。ここ一番になぜか強い」と父。今回の53秒49も自己新だった。しかも2月に持病の症状が出て、治りきらないまま日本選手権を迎えていたというから驚くばかり。ハンディを埋めたのは、水の外にいるときの熱心な研究と、一度の泳ぎにかける並外れた集中力だった。

(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊5月9日掲載〕

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