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モンマルトル 画家育む渚

パリを見下ろすモンマルトルの丘は国内外から芸術家が集まる聖地であり、観光客でにぎわう歓楽街でもある。ルノワールの足跡をたどって町を歩いてみた。

パリ・モンマルトルは坂の町だ。町のいたる所から眺められるサクレ・クール寺院は長年の工事を経て1914年に完成した

モンマルトルが「18区」としてパリ市に合併されたのは1860年。やがて貧しい画家たちが家賃の安さに引かれ、住みつくようになる。辺りは風車が並び、畑や果樹園が広がる田園地帯で、白亜のサクレ・クール寺院の建設工事が始まるのは75年のことだ。

モンマルトル暮らし64年になる画家、アンリ・ランディエさんが面白い話を教えてくれた。「フランス革命以来のパリっ子」を自称するランディエさんは、レピュブリック広場近くからモンマルトルに移り住んだ時、「世界の果てに来た心地がした」という。20年ほど前にセーヌ左岸カルチェ・ラタンに店を構える画商を家に誘うと、「川を渡ったことがないから」と断られた。ここはパリ中心部からすれば「片田舎」。「だからこそ、パリのほかの地区に比べれば今も公害が少ない。地盤が石灰岩で高層ビルが建てられなかったのも幸いしたね。静かな環境で絵を描けるのが何より気に入っている」とランディエさんは言う。

1870年代のルノワールはこの町を転々としながら「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」「読書する少女」などの代表作を描いた。ダンスホールだったムーラン・ド・ラ・ギャレットは、目印の風車をそのまま残した同名のレストランに生まれ変わっている。

モンマルトルで50年以上にわたり制作活動を続ける画家のアンリ・ランディエ氏

「モンマルトルはすっかり高級住宅街に変わったけれど、16区とは少し違う。何かあればお互いを助ける下町的な感じが残っているんだ」。そう話すオーナーのセドリック・バルビエさんも10年来の住人だ。昨春店を買い取って、11月に新装開店させたばかり。伝統をモダンにアレンジした味が自慢のしゃれた店だ。「基本はもてなしの心。地元の人に喜ばれ、また来たいと思われる料理を出したい」

ルノワールがカンバスに描き、20世紀の歌姫ダリダが通った店は、21世紀の新たな歴史を紡ぎ始めた。

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